アカツキブルーの店主、松本暁子さん。1月8日の臨時営業から能登半島地震用の手作り募金箱を置いている=松山市の同店で2024年4月28日、山中宏之撮影

 約6年を過ごした第二の故郷、奥能登の人たちを支えたい――。直線距離で500キロ以上離れた松山市で、能登半島地震の被災地支援に奮闘するパティシエールがいる。4月には炊き出しのために現地に赴き、前向きに歩み始めた能登の人たちの心にも触れた。

 「こんにちは。今日はどれにしますか」。4月下旬、同市の観光名所、道後温泉近くにある洋菓子店「Akatsuki Bleu(アカツキブルー)」で、にこやかに接客する店主の松本暁子さん(40)の姿があった。ショーケースにはピスタチオのシュークリームやフルーツの入ったロールケーキなどが並ぶ。ケースの上には能登半島地震の募金箱が置かれていた。

 夫昌人さん(40)とともに仏・ブルゴーニュ地方のレストランで働いていた2013年に帰国し、石川県輪島市に移住した。夫の先輩が故郷の同市でフレンチレストランを開業することになり、誘われたからだ。移住後しばらくして、自身はフリーランスとして店舗を構えず誕生日のケーキを受注したり、イベントで焼き菓子を販売したりした。青白い暁(あかつき)の空や、能登の海の色をイメージした屋号「アカツキブルー」を16年ごろから名乗るようになった。

 輪島に来るまで10年近く、大阪やフランスの洋菓子店、レストランなどで働いた。厨房(ちゅうぼう)にひたすら立ち続け、どんな人が手に取っているのかも知らずに作っていた。だが、輪島では「あきちゃんのケーキはおいしい」と直接反応が返ってきた。「自分の作ったものを自分の手で売りたい。すべてのお客さんを見逃したくない」。客と作り手、互いの「顔」が見える店をいつか作りたいと思うようになった。

炊き出しに向けて準備する松本暁子さん=石川県輪島市で4月、本人提供

 夫がトマト農家に転身するのを機に、20年に自身の地元である松山市に夫婦でUターン。21年12月にアカツキブルーをオープンさせた。季節ごとに変わるケーキは、全て一人で作っている。店は午前11時オープン。その日ショーケースに並ぶものを早朝から仕込み、店頭で客を迎え入れる。世間話をしたり新作の感想を聞いたり、何気ない会話が心地いい。

 1月の地震発生時は大分県の夫の実家に帰省中だった。ニュース映像で能登の一変した町並みを目にし、ショックを受けた。「何かしたい」と思いついたのが、菓子の売り上げを寄付すること。冬休みを返上し、同8日に臨時で店を開けた。フランスの伝統菓子「ガレット・デ・ロワ」など、準備した商品約300点がオープンから約1時間でほぼ完売した。なじみの客から「地震で最初にアカツキブルーを思い出した」などと声をかけられた。「お客さんが私を通して、石川県を思ってくれていると実感でき、うれしかった」と振り返る。店頭に設置した募金箱は、臨時営業での売り上げも含めてこれまでに60万円超が集まり、同県珠洲市などに寄付した。

 「皆が明るくなるようなイベントをしてくれない?」。3月、親交のあった輪島塗の木地屋「四十沢(あいざわ)木材工芸」(輪島市)から連絡があった。松山に戻ってからも初夏と秋の年2回、輪島を訪れていた。「現地に行っても逆に迷惑になるのでは」。悩んでいた自分の背中をそっと押してくれる誘いだった。同店のイベント出店に加え、輪島、珠洲両市で炊き出しをすることにした。

 用意したレモンケーキやマカロン、スコーンなど焼き菓子約500個をマイカーに積み込み、4月3日に1人で能登を目指した。輪島市に着いたのは翌4日夕。車を置いて、まちを歩いた。大規模火災に見舞われた観光名所「朝市通り」では、崩れた建物近くで焼け残ったものを探す人たちの姿があった。「なんでおるん?」。知人と再会し、涙を流した。

 炊き出しのメニューは「野菜スープパスタ」と「野菜のトマト煮込み」。同市や珠洲市の小学校などで2日間で150食を配布した。四十沢木材工芸でのイベントでは「遠くからわざわざ来てくれてありがとう」「ほっとする味だった」と声をかけられた。自分が作ったお菓子が、少しでも力になれたことがうれしかった。普通の生活をしていることが後ろめたかったが、大変な中でも前を向いて生きている能登の人たちの姿に「もう私も普通でいいんだ」と思えた。

 能登から戻った直後の4月17日には最大震度6弱の地震が愛媛を襲った。能登の知人たちから安否を気遣う連絡をもらった。近い将来、南海トラフ巨大地震も想定されている。防災意識が高まり、携帯トイレを車に積むなど対策に取り組むようになった。

 自身にとって能登は「自然体でいられる場所」。時間はかかるかもしれないが、復興を見守っていきたい。そのうち愛媛で、輪島塗や豊富な食材を知ってもらうイベントを開催しようとアイデアを温めている。能登の人たちとこれからも支え合い、つながっていたいと思う。【山中宏之】

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