厚生労働省は5月14日、「マイナ保険証」の4月の利用率が6.56パーセントだったと公表。この数字は“過去最高の利用率”だという。一方で、全国の医療団体が行っている「マイナ保険証に関する調査結果」を見ると、いずれの調査でも6~7割の医療機関が、「マイナ保険証のトラブルがあった」と回答している。
トラブルの内容は、「名前や住所で旧字体が表示されない」「カードリーダーでエラーが出る」といったものから、「他人の個人情報が紐づけられた」といった問題までさまざま。こんな状態で、健康保険証の機能を「マイナ保険証」に一本化をして大丈夫なのだろうか?2人の専門家が解説する。
■当然だがオンラインでしか利用できない…通信インフラの整備は今も課題
「マイナ保険証はオンラインでしか利用できません。当たり前のことのようですが、非常に大きな問題です」
こう話すのは、IDや個人情報に詳しい情報学の専門家、国立情報学研究所の佐藤一郎教授だ。
【佐藤一郎教授】
現行の保険証には、健康保険の種類や名前など、医療機関に必要な情報がすべて記載されています。ところが、マイナンバーカードそのものには、必要な情報の一部しか記載されていません。オンラインでの利用が前提となっているからです。しかしこれは大きな問題です。離島や山間部は通信インフラが整っていない所も多くあり、マイナ保険証は利用できません。読み取り装置は補助金などによって導入を促すことも可能でしょうが、通信インフラの整備はそう簡単ではないと思います。
■被災地では「使えない」保険証に
また都心でも、個人の病院などは通信が弱い所があり、機械が上手く作動しないなどの不具合が生じています。通信だけでなく、旧字体の名前を読み取れないといったトラブルもあり、現場の混乱は珍しいことではありません。マイナ保険証の利用率が6パーセントでこの状態ですから、全員がマイナ保険証を利用するようになったら、どうなってしまうのでしょうか。オンラインが使えない場合、マイナ保険証をアナログ確認(目視)しても、加入されている健康保険の種類すら分かりません。
能登半島地震の時、マイナ保険証は役に立ちませんでした。災害時に通信インフラに影響が出ることを、専門家は早くから指摘していましたが、政府が問題を先送りした結果、災害時に役に立たないということが露呈してしまったのです。従前の保険証は加入されている健康保険の名称も記載されてあり、電気や通信インフラが不通でも対応できます。
■乳児は顔写真なしのマイナ保険証
マイナンバーカードを保険証として使うことになり、乳児もマイナ保険証(マイナンバーカード)を持たなければいけなくなりました。ところが乳児は顔写真による認証が難しいため、「写真のないマイナ保険証(マイナンバーカード)」を発行して対応することになったのです。その結果、本人確認の出来るカードと出来ないカードの2種類が存在することになり、医療現場の事務プロセスは複雑になり、手間がかかることになりました。
■「持ち歩きたくない情報」を持ち歩くものと一体化
現行の保険証は、月に1度、医療機関で確認をしてもらえばよいのですが、マイナ保険証は通院の度に必要です。本来、マイナンバーが記載されているマイナンバーカードは、持ち歩かない方が良いものです。それを持ち歩く必要がある保険証と一体化させることは、矛盾しています。
■複数の異なった目的を整理しきれていない
マイナ保険証の問題の1つとして、保険証とマイナンバーカードは目的が違うのに、それを整理しきれないまま一体化させようとしていることが挙げられます。
本来、保険証というのは「資格確認証」ですから、見た目で分からないものは使いにくいのです。しかし、今のマイナ保険証(マイナンバーカード)は、資格証明になっていません。とはいえ、マイナンバーカードの表面や裏面に様々な情報を書き込むことには無理があります。
1枚のカードでなんでも出来るように求めすぎている…、それが今の事態を招いていると思います。目的に応じて、カードを使い分ける方が、利便性が高いと思います。
デジタル分野では失敗はつきものです。重要なことは失敗を認めて、修正することです。しかし、2026年に導入する新しいマイナンバーカードの検討では、現行のマイナンバーカードにおける課題の総括を十分に行っておらず、新しいマイナンバーカードでも現行のマイナンバーカードの課題はそのまま残ることになりそうです。
(佐藤一郎教授)
「マイナ保険証はオンラインでしか利用できない…」よく考えたら当たり前の、しかし大変な問題だ。マイナ保険証への一本化は、どう考えても、患者にも医療機関へも負担が大きそうだ。しかし国は強く進めてきた。地域医療にしわ寄せが及ばないかも心配される。
■任意だった取得 一本化で事実上の「強制」に
果たして、このまま進んで「地域の医療」は大丈夫なのだろうか。国が押し進める「一本化」について、弁護士で地方自治研究の専門家でもある、神奈川大学法学部・幸田雅治教授に聞いた。
【幸田雅治教授】
本来、マイナンバーカードの取得は任意であり、義務ではありません。しかし、現行の保険証が廃止になり、マイナ保険証に一本化されると、事実上、強制と同じことになります。これは任意取得の原則に反する行為で、大いに問題があります。
もともと厚生労働省は、マイナ保険証と現行の保険証の選択制を打ち出していました。しかし2023年9月、河野デジタル相は「健康保険証や運転免許証、在留カード、その他カード、資格証など、全部マイナンバーカードにもれなく一本化し、(一本化を)加速をしていきたいと思っている」と発言。さらに翌10月の記者会見で、「2024年秋に現在の保険証の廃止を目指す」と、廃止時期を公言したのです。
ここで問題なのは、この件に関して、自治体にまったく相談がなかったことです。地方自治体の意見を聞かずに国が一方的に発表するというのは異例の事態であり、地方自治の否定と言わざるを得ません。
■法律の根拠なく「原則義務化」
令和4年6月の閣議決定で、保険医療機関と保険薬局に対し「オンラインによる資格確認の導入」が原則義務化され、そのことは、省令の【療養担当規則】に記載されました。その後、8月に開かれた説明会で、厚生労働省の担当者が「オンライン資格確認の原則義務化に抵抗すれば、【療養担当規則違反】になり、指導の対象となって医療機関指定の取り消し事由ともなりうる」という趣旨の強権的な発言をして、医療現場に混乱をもたらしました。
つまり、国は、医療機関や保険薬局に対して、マイナ保険証制度の導入を強制したと言われても仕方のないやり方をしたのです。ですが、根本的なことが間違っています。「療養担当規則」は、法律でなく省令(規則)です。法律の根拠を欠くもので義務付けているというのは大問題です。
このように、マイナ保険証に関しては、法的にも、地方自治の観点からも、問題だらけの進め方をしていると言えます。
そして何より問題なのは、このままマイナ保険証を強引に進めてしまうと、地域医療や高齢者といった弱い立場の人たちが取り残されてしまう危険性があることです。
■地域医療の担い手 小さな「かかりつけ医」が危機に
マイナ保険証への一本化は、地域の健康を見守る小さなかかりつけ医を、廃業の危機に立たせています。地方には、医師自らが、受付から治療、会計、事務手続きまで1人でこなしている医院もたくさんあり、医師の高齢化も進んでいます。こういった所では、オンラインシステムに対応が出来ず、廃業せざるを得ない状況になっているのです。
全国保険医団体連合会(保団連)によると、マイナ保険導入義務化直前の2023年3月に廃業した医院は、全国で1103件にのぼりました。そして、現行の保険証が廃止される2024年末までに廃業を決めている医院が、約1000件あるといいます。これはすなわち、無医村が増え、地域医療が崩壊する可能性をはらんでいると危惧します。
■高齢者施設は「利用者のマイナ保険証は預かれない」
高齢者や障がい者施設では、マイナ保険証の管理について、不安の声が上がっています。認知症の方が多く入居する施設などでは、現状、施設が保険証を預かって管理しているケースが殆どです。高齢者は医療機関の受診も多いので、入居者自身の管理が難しかったり、家族が近くにいない場合は、施設が管理せざるを得ないのです。
全国保険医団体連合会が1219ヶ所の特別養護老人ホームや老人保健施設に対して行った調査によると、現在、入居者の保険証を預かって管理している施設は83.6パーセント。しかし、現行の保険証が廃止され、マイナ保険証の管理が必要となった場合、「管理できない」と回答した施設が94%に達しました。理由としては、「カード・暗証番号の紛失時の責任が重い」「カード・暗証番号の管理が困難」といった意見が多くを占めました。
■なぜ急ぐ 今の保険証を残せばそれでいい
個人情報と結びついたマイナ保険証の管理は、介護施設にとって大きな負担になります。このままだと、高齢者や障害者、地域医療といった弱い所にしわ寄せが起こることになります。現行の保険証を残せばいいだけ、ただ残せばいいだけなのです。
マイナ保険証により、国民は現在よりも大変不便になります。とくに要介護高齢者や在宅介護高齢者にとって、医療アクセスの妨げとなる危険があります。このままでは、地方の自治体が地域医療を守ろうと必死になって取り組んでいることを無にしかねません。
マイナンバーカードと保険証の一体化は、G7で日本だけです。デジタル先進国の北欧のエストニアや台湾でも別々にしています。
健康保険証は、国民にとって身近で重要な問題です。もっと国民の声に耳を傾けて、最善の方法を検討して頂きたいと思います。
(幸田雅治教授)
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