「マルチ2世」としての苦悩と母親への愛情を語る佐々木晴哉さん=京都市上京区で2024年3月7日、山崎一輝撮影

 「安倍(晋三)元首相銃撃事件をきっかけとして『宗教2世』の存在を知り、自身が『マルチ2世』であると自覚した」。同志社大を今春巣立った佐々木晴哉さん(22)は、卒業論文にそうつづった。タイトルは「マルチ商法2世の生活史」。

 「マルチ2世」とは、マルチ商法にのめり込む親に育てられた子供のことを意味する。当事者たちが生み出した造語だ。

連載「マルチ2世」がスタート。マルチ商法に翻弄された家庭の実態に迫ります。
<同時公開>
「理想のおかんはもういない」 マルチ商法ハマった母との凄絶経験
<次回(15日5時半公開予定)>
母の死「悲しめない」 バイト代、奨学金の返済金も製品購入に消え

 佐々木さんの母親は、キッチン用品や洗剤などを扱う大手マルチ企業の会員だ。製品を妄信し、子供たちにサプリメントを飲ませてきた。

 新たな会員を勧誘するための活動や、製品購入の費用がかさんで困窮し、家賃や公共料金の滞納を繰り返した。さまざまな給付金でしのぎ、奨学金も使い込まれた。それでも佐々木さんは、周囲から普通の家族に見られるよう演じ続けてきた。

 毒親、アダルトチルドレン、機能不全家族--。自分の境遇を、こうした概念にあてはめて理解しようとした。だが、どこか腑(ふ)に落ちない。

 転機となったのが2年前の事件だった。

 「宗教2世」という言葉がメディアで頻繁に取り上げられるようになり、佐々木さんは夢中でニュースを追い、関連する本を読みあさった。

 宗教2世が主人公の映画「星の子」を見たときのこと。奇異な宗教行為をする親を不審に思っているのに、主人公が何気なく同じことをしてしまい、恥ずかしくなるシーンがあった。その瞬間、「心情がシンクロし、動悸(どうき)が止まらなかった」。

 佐々木家のルールでは、マルチ企業の浄水器の水で肉を洗う。「着色料を落とすため」だった。外出する時には、企業が販売する水を霧吹きで体に吹きかけ、「波動を込めた」塩を持ち歩く。違和感を抱いたが、いつの間にか習慣化していた。経済的困窮も同じ。親の信仰に子供が振り回される宗教2世の構図は、まさに自分の家庭だった。

マルチ商法にハマった母親に育てられた過去について語る佐々木晴哉さん=京都市上京区で2024年3月7日、山崎一輝撮影

 一方で、マルチ特有の苦しみもあった。

 マルチは会員が新たな会員を集めることで成り立つ仕組みで、ネットワークビジネスとも呼ばれる。「つながり」を求めて、子供の人間関係にまで踏み込もうとする親も少なくない。

 幼少期に、母からよく「友達を連れてきてよ」と言われた。しかし、友人の家族をやっかいごとに巻き込んでしまうのではという恐怖感があり、家に呼ぶことはほとんどなかった。

 「家族の問題だと矮小(わいしょう)化してはいけない」。そう気付いた佐々木さんは、隠すのをやめ、闘うことを決めた。そして明かされたのは、凄絶(せいぜつ)とも言える子供時代の経験だった。【阿部絢美】

マルチ商法

 商品やサービスを販売組織の会員となって購入し、新たに会員を勧誘すると紹介料が得られる。会員を次々勧誘して組織を拡大させ、もうけを増やすビジネスで「連鎖販売取引」と呼ばれる。「MLM(マルチレベルマーケティング)」「ネットワークビジネス」と同じ。強引な勧誘や事実と異なる説明をするといった悪質なものは、特定商取引法で規制されている。

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