オウム真理教により住宅街に猛毒の「サリン」がまかれ8人が死亡した松本サリン事件から27日で30年です。事件で大切な人を失った遺族の悲しみが癒えることはありません。当時23歳の息子を失った母親は「何年たっても気持ちは変わらない」と心境を語り、なぜ事件を防げなかったのかと疑問と不信感を抱き続けています。

小林房枝さん:
「毎年6月になると嫌な気持ちになってくるんです。(亡くなった)28日が近づいてくるとやっぱり、ちょっと鬱的になりますね。もう全く、何年たとうが気持ちは変わらないと思います」

静岡県掛川市の小林房枝さん82歳。松本サリン事件で、次男・豊さん(当時23)を亡くしました。

優しく明るい性格だった豊さん。仕事で松本に滞在し、事件前には実家に信州そばを送ってくれました。

小林房枝さん:
「想像しかできないんですけど、53歳になった息子はどんなかなっていつも思います」

長く松本を訪れることができずにいた小林さん。初めて現場に立ったのは15年後の2009年でした。

小林房枝さん(2009年):
「15年たって、やっと来れたよ、っていう思い。来たくないというか、来られないっていう状態ですね」

シンポジウムではー

小林房枝さん:
「3年間、精神科に通って、ずっと死にたいと思っていました。息子を亡くしたことで絶望感が覆っていました。松本サリンは私にとっては死ぬまで心に重くのしかかっているものです」

一連の裁判は2011年に終結。なぜ息子が犠牲に。納得のできる答えは何一つありませんでした。

小林房枝さん:
「どの被告も自分の保身ばかりで罪をはっきり認めた者はおりませんでしたから、ただひとつの通過点かな」

そして2018年、死刑囚全員の死刑が執行されました。

小林房枝さん(2018年):
「死刑になってうれしいとか、これで終わりとか、そういうことは全くないです。私たちにとっては息子は帰ってきませんから、まったく事件が終わったという考えはありません」

事件から30年。今も疑問と不信感は拭えません。

小林房枝さん:
「全くあの事件がどうして起こったのかという気持ち。本当に残念に思います。宗教が守られますよね、税制でもなんでも。それも一番の根本にあるのではないかと思います。今の統一教会にしてもね、取り組み方が緩い、という表現でいいのかわからないんですけど、もうちょっと規制があっていいんじゃないかと思うんですよね」

最後に、つらい思いを抱えながらも取材に応じた理由を、小林さんはこう話しました。

小林房枝さん:
「本心は全くもう嫌なんですよ。でもね、親として息子にしてやれることは、これくらいのことしかないかな」

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