2004年7月18日に起きた福井豪雨では、福井市では1時間あたり75ミリと当時の観測史上最大の雨量を記録しました。
  
早朝に旧美山町を襲った猛烈な雨は激流となり、午後1時45分、福井市春日1丁目で足羽川の堤防が決壊しました。
 
決壊現場の目の前に住む小林大介さん(47)に、当時の状況を聞きました。
   
小林大介さん(47): 
「ここが完全に決壊した現場。向こうを見てもらうと分かるが、道路の色が変わっている。ここからあそこくらいまで切れた。昼前に帰ってきたとき、水がここまでちゃぷちゃぷしていた」
 
小林さんは、公園の砂場で砂を入れて土のうを積み始めたものの手に負えないと感じ、避難準備をしようと下りたところ、堤防の中腹くらいから水が流れ出ているのを目の当たりにし「これは危ないと、町内みんなで避難した」と振り返ります。
   
堤防は約80メートルに渡って決壊し、町は瞬く間に濁流にのまれました。福井市内では約3万500世帯に避難指示や避難勧告が発令され、小林さんも近くの木田小学校に避難しました。避難指示が解除され帰宅しようとした際、通常なら自宅近くにある堤防が目に入るはずが、向こう岸にあるグラウンドが見えたといいます。「まさか…と思った。家がどうなっているか、それが心配だった」と話します。
   
この豪雨で、福井市では3200棟以上が床上浸水し、800棟以上が床下浸水となりました。
 
小林さんは「うちは、1階の2メートルくらいは丸々浸かった状態。浸水の表示があるが、あれよりはもっと浸かった。完全にもう終わったわ、これいくらかかるんかな、どれだけ時間がかかるのかな、どうしたらいいのかなって、正直、しばらく何も考えられなかった」と当時の心境を話してくれました。
   
水が引いた後、道路のコンクリートはめくれ、川の砂や泥があふれて車が通れず、歩くのがやっとだったといいます。復旧には約2週間かかりました。
 
あれから20年、いまも被災した経験やその記憶が薄れることはありません。

小林大介さん(47): 
「天気予報はずっと気にするようになった。どれだけ降るのかなって。いつも起きて雨が降っていると、ちょっと川をのぞく。20年経つが、あの時の記憶や怖さは忘れられるものじゃないなと。トラウマではないが頭の中のどこかにあって、雨が降るとちょっと怖い」
  
一方、2024年3月には、足羽川沿いに屋外アクティビティを楽しむ施設「ヨリバ」がオープンしました。水辺の利用の仕方が変化しています。
  
小林さんは「水と共生するのは賛成だが、20年経って川を見ると、上流から流れてきた土砂がまた結構溜まってきた印象がある。豪雨の後は綺麗になったたが、20年も経つと水深が大分上がってきているので、ここの整備もしてほしいなとは正直思う」と話していました。

川沿いは、大雨や洪水など常に水害という危険と隣り合わせです。足羽川や九頭竜川などで水辺を楽しむ場所が新たに増えていますが、かつて、甚大な豪雨被害に見舞われたことを忘れてはいけません。

福井市のハザードマップを見ると、堤防が決壊するしないに関わらず福井市の木田地区はオレンジ色になっています。100年に一度の雨が降ると3メートル浸水する可能性がある地域です。勤務先や自宅の災害リスクをもう一度確認することが必要です。      

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。