前代未聞の保釈決定が出た。2歳娘への傷害致死罪などに問われ、一審で懲役12年の実刑判決を受け、2審判決を目前に控えていた今西貴大被告(35)。 5年半を超えていた大阪拘置所での勾留が判決を前に終わることになった。
なぜ大阪高裁は異例の決定に踏み切ったのか。その背景に迫る。
■「息してないです。早く来て!」娘・希愛ちゃんが救急搬送後に死亡 頭の中に出血見つかる
この記事の画像(10枚)事件の発端は、2017年12月16日。大阪市東淀川区の自宅で今西被告と一緒にいた当時2歳4か月の義理の娘・希愛(のあ)ちゃんが、「心肺停止」の状態で救急搬送される。
「『うっ』となって、息してないです。早く来てください!」 今西被告は119番通報の際、慌てた様子でこう説明していた。
病院に運ばれた希愛ちゃんは、約30分後に心肺が蘇生したものの、意識が戻ることはなく、7日後に死亡した頭部や体に目立ったけがはなかったが、CT画像で頭の中での出血等が確認された。そこから、病院の医師は虐待を疑い、警察に通報する。
■「すごく愛情かけて育てていたのに」会見で訴えも直後に再逮捕 3つの罪に問われることに
2018年11月、今西被告は大阪府警に殺人の疑いで逮捕され、傷害致死罪で起訴された。約1カ月後に保釈された際、今西被告は会見を開いて無実を訴える。
今西貴大被告:すごく愛情かけて育てていたのに、いきなり逮捕されて『お前がやったんやろ、何かやったんやろ』と言われて、すごく悔しいです。
しかし、会見の直後、今西被告は再逮捕される。
大阪地検は、肛門付近の(時計の)12時方向にある約1センチの傷に対する強制わいせつ致傷罪と、1カ月前の左足の骨折に対する傷害罪で追起訴。 今西被告は3つの罪に問われることになり、全ての罪を否認した。
■今西被告「なぜ希愛が亡くなったのか解明したい」検察側「揺さぶられっ子症候群」無罪続出の中巻き返し図る
今西被告は、拘置所の接見室で裁判を前にした心境を次のように語っていた。
今西貴大被告:希愛はめちゃくちゃなついてくれていたし、本当にかわいかったです。とにかく、なぜ希愛が亡くなったのかを解明したいんです。それに付随して、自分の無実も証明できればいいというのが率直な気持ちです。
2018年以降、「揺さぶられっ子症候群」の医学的根拠が問われる刑事裁判で、無罪判決が続出していた。乳幼児虐待事件の捜査の在り方について見直しを迫られた検察は、この今西事件に並々ならぬ力を注いでいた。
■検察側「『脳幹が溶け』と脳への強い外力(=暴行)主張」 一審で13人の専門医が証言台に
2021年2月に大阪地裁で始まった一審の裁判員裁判。13人の専門医が証言台に立ち、法廷はさながら“医学論争”の場となる。 主な争点は、希愛ちゃんの死因が揺さぶりなどの強い外力(すなわち暴行)か、それとも、心臓突然死だったのか。
検察側が重視したのは、希愛ちゃんの脳の深部にある「脳幹」だった。 解剖を担当した検察側証人の法医学者が、「脳幹が溶けて、泥のようになっていた」と証言。
検察側証人の脳神経外科医もこの証言などをもとに、「脳が交通事故並みの強い外力を与えられたときと同じようなダメージを受けた」と証言した。
検察は、脳幹に強い外力が加わって「心肺停止」になった。 そのような力が加えられるのは、直前に一緒にいた今西被告しかいないと主張し、懲役17年を求刑した。
■弁護側 検査で「心筋炎」を発見 「病気が原因で心肺停止 脳が低酸素状態になって出血した」主張
一方、弁護側は、そもそも頭の外側にケガもないのに、脳の深いところにある脳幹を損傷させるようなことができるのか疑問があると指摘。
解剖写真を見ても「脳幹」が溶けていることは確認できず、仮にそうであったとしても心肺停止後から死亡までの7日間で溶けた可能性があると主張し、解剖した法医学者の証言に裏付けがないと反論した。
外力ではないとすれば、死因は何だったのか。一審の公判前整理手続きの過程で、弁護側は検察庁に出向き、心臓から新たに切り出された部分を顕微鏡で検査した。
その結果、「心筋炎」を発見。 「うっという声が聞こえた」と事件直後に話していた今西被告の説明と合致するとして、「病気が原因で心肺が停止し、脳が低酸素状態になって出血した」と主張した。
■一審の大阪地裁は傷害致死など2つの罪の成立認め懲役12年の判決 弁護側・検察側双方が控訴
2021年3月、大阪地裁(渡部市郎裁判長)は、「脳の損傷は脳幹を含む広範囲のものであり相当強い外力がないと生じない」と認定。 交通事故並みの強い外力があったとする検察の主張についても「交通事故といっても態様はさまざまであり、人の手によって加えることができないものとはいえない」として、傷害致死罪が成立すると判断。
強制わいせつ致傷罪の成立も認め(骨折についての傷害罪は無罪)、懲役12年を言い渡した。 弁護側と検察側がいずれも控訴した。
■二審でも医師8人が証言台に 再び法廷で“医学論争” 頭の中の出血は心肺停止の『前か後か』
2023年5月に大阪高裁(石川恭司裁判長)で始まった二審。 一審では13人の医師への証人尋問が行われたが、二審でも新たに8人の医師が証言台に立った。
一審判決で「強い外力」が加わった(=暴行が加えられた)根拠とされた頭部CT画像の解釈や、頭の中の出血が生じた時期について、検察側が主張するように『心肺停止の前』、つまり「何らかの暴行によって出血が生じ、その後心肺停止に至った」のか。 それとも弁護側が主張するように「心筋炎によって起きた『心肺停止の後』、低酸素状態になって出血した」のか、法廷は再び“医学論争”の場となった。
2024年5月21日、二審の最後の審理となる公判が開かれた。
■弁護側「脳幹損傷起こす“強い外力”示す所見なく一審は誤判」 検察側「3つの罪は一連の事案」
弁護側は「二審での検察側医師は『所見はないが隠れている』『病理所見で時期不明の出血が確認できる』と話すだけだった。脳幹損傷を起こすような“強い外力”を示す所見は全くない。一審は、硬膜下血腫があれば外力があるという予断が生んだ誤判だ」などと主張。
一方、検察側は「解剖時の脳の写真は一部であり、脳幹損傷の所見はないとは断定できないはず。3つの罪は一連の事案で、今西被告と希愛ちゃんが2人きりとなった短い時間で起きていることなどを総合的に評価すれば暴行があったと認定できる」などと反論した。
石川裁判長は、判決の日を11月28日に指定。 今西被告は、判決まで半年以上待つことになった。
■一審で長期の実刑 弁護団は11度目となる保釈請求 高裁が厳しい条件付けたうえで保釈を認める
これまで再逮捕後に10回にわたる保釈請求を行っていた弁護団は、今回が最後の請求になるだろうと11回目となる保釈請求書を6月に提出した。
逮捕後から拘束が続き、一審で長期の実刑判決を受けた被告人が、二審の判決直前に保釈が認められた例はほとんどなく、弁護団は今回の請求も厳しい結果になることは想定していた。
しかし二審を担当する大阪高裁第3刑事部が23日、高額の保釈保証金納付や、GPS機能を用いた行動把握など厳しい条件を付けたうえで、保釈を決定。 検察が不服を申し立て、大阪高裁第6刑事部が審査。 そして、26日に保釈を容認する判断が下された。
■主任弁護人「無実だと信じていた人がようやく出てくることになり正直ホッとした」
大阪高裁から保釈決定の連絡を受けた瞬間、主任弁護人の川崎拓也弁護士は安堵の表情を浮かべた。
川崎拓也弁護士:無実だと信じていた人がようやく出てくることになり、正直ホッとした気持ち。今回の保釈は二審での審理経過も踏まえた判断だと見ている。高裁がしかるべき判決をしてくれると信じているし、これ以上今西さんの身体拘束を長引かせるのは正義に反すると考えてくれたんだと思う。
判決を拘置所内で待っていた今西被告は、急遽5年半を超える身体拘束を解かれることになった。 二審判決は11月28日。今西被告は初めて自宅から法廷に向かうことになる。
(関西テレビ・司法キャップ 上田大輔 2024年7月26日)
鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。