2022年9月、静岡県牧之原市にある認定こども園の送迎バスに3歳の女児が置き去りにされ死亡した。検察は後にバスを運転していた当時の理事長 兼 園長とクラス担任の2人を業務上過失致死罪で在宅起訴し、2024年4月23日に初公判が開かれる。
(以下は、2023年8月31日に配信した記事の再掲載で、データ等は当時のものです)

基本的な確認を怠った末の痛ましい事件

2022年9月5日。静岡県牧之原市で河本千奈ちゃん(当時3)が登園バスに置き去りにされ死亡するという痛ましい事件が起きた。改めて経緯を振り返る。

事件当日の午前8時43分、千奈ちゃんはいつも通り登園バスに乗車した。バスは午前8時50分、川崎幼稚園に到着。運転は園を運営する学校法人榛原学園の理事長 兼 園長(当時)が担当し、補助員として派遣社員(70代)も同乗していたが、この日は普段の運転手が休んだため、急遽、園長が代わりに運転していたという。2人はいずれも園児が降車する際、車内に取り残された子供がいないか確認していなかったほか、降車した園児の名前と人数を照合していなかった。

また、この園ではアプリを使って午前9時までに保護者が出欠席を入力することになっていたが、千奈ちゃんを担当するクラスの職員が出欠簿を確認したのは午前9時よりも前で、さらに千奈ちゃんが教室にいないことを認識していたにも関わらず、クラス担任や担任補助は保護者や別の職員に確認することすらしなかった。

灼熱の車内に取り残され…

事件は午後2時10分頃、職員が園児の降園に向け準備をしていたところバスの中で千奈ちゃんが倒れているのを見つけたことで発覚。つまり5時間以上もの間、車内に置き去りにされていたことになる。千奈ちゃんは病院に救急搬送されたものの、約1時間に死亡が確認された。

当日の最高気温は30.5℃。警察の実験では車内の温度が40℃を超えていたとみられることがわかっていて、死因は重度の熱中症「熱射病」だった。

事件後の不誠実な対応 増幅した怒り

事件からまもなく1年となるのを前に千奈ちゃんの父親が報道陣の共同取材に応じ、まず現在の心境について「娘に対する大切な思いはずっと変わらないが、川崎幼稚園、学校法人榛原学園には誠意ある対応をしてもらっていないので怒りがある」と口にした。

父親によれば運営法人の理事長 兼 園長(当時)らは事件翌日、「川崎幼稚園を廃園にすること」と「主要な管理職が辞職すること」を約束。しかし、川崎幼稚園の運営は今も続いているほか、法人の理事長には、前理事長の息子である園の前事務長が就いていて「約束を反故にされた」と憤る。父親は2022年10月以降、月に1回ほどのペースで運営法人や園の関係者との面談を続けているが「用事がある」「私用がある」などという理由でキャンセルされたことが複数回あったほか、面談の際も「私たちに対して胡坐をかきながら誠意ある対応をされなかったり、妻に対して睨みつけて声を荒げて受け答えをしたりとか、自分たち遺族に直接『いま気晴らしに友人と出かけている』と言ってきたりとか、信じられない対応をされている部分がある」と話し「川崎幼稚園に対する怒りは当初より強い」という。

面談の中では、たびたび「廃園の約束は守られるのか」「辞職はするのか」といったことを尋ね、当初は「在園児がいなくなるまでは続けさせてほしい」と答えていたにも関わらず、川崎幼稚園では2023年度も新たな園児を受け入れ、弁護士も「園児がいる以上、続けるのが法人の役目」と話す姿勢には不信感しかなく、また「後任者が出来たら辞める」「いつでも辞める気はあるが後任者がいないから辞められない」と言っていた現理事長も、夏前頃からは「弁護士に聞いてほしい」と回答を避けるようになったという。

さらに怒りの矛先は川勝平太 知事にも向けられた。川勝知事は2022年12月27日の定例記者会見で1年を漢字一文字で振り返った際、“水”という字を掲げ、理由として台風災害とリニア中央新幹線をめぐる問題と共に千奈ちゃんの事件に触れ「いたいけな子供さんが熱気の中で、ある意味、水分を全部体内から吸収されてお亡くなりになった。それもある意味で広い意味で水に関係している」と述べた。この発言は、後に県議会の一般質問で議員から指摘を受け知事も謝罪したが「なぜそういうことを言ってしまうのか」と疑問を呈した。

娘の事件を風化させないために

事件後、父親はSNSでの発信を始めた。それは、千奈ちゃんのことを風化させたくないという思いからだ。もちろん、中には誹謗中傷を寄せる人もいる。しかし「当初は予想できない反響の大きさで、応援の声が増え励みになっている部分がすごく大きい」としたうえで「私たち家族は世間から孤立感を感じている。おそらく事件・事故の遺族は皆さん感じるものだと思うが、友人・知人が離れていくということも往々にしてある中で、温かい言葉をかけてもらえるのはありがたい」と感謝の思いを口にする。

事件から今日に至るまでの日々については「ものすごく長く感じた。今までの人生で一番長かった」と振り返り、「元々はSNSも触ったことがなかったし、裁判や警察と関わることなどなかったので、日々、次はどういうことをしていけばいいのか、どういうことが出来るのか考えたり、手探りの中で、わからないことだらけの中で生活してきたのが、すごく不安で長く感じた」と話した。

記念日や一緒に出掛けた場所、同じくらいの年齢の子供を見た時…。父親は「いろいろな場面で千奈を思い出すことが多い。毎日のように考えている。お風呂に入っていても、ご飯を食べていても『千奈にはこうやってご飯をあげていたな』とか『最近は一人で箸を使ってしっかり食べられていたな』とか、そういうようなことを考えている」という。自身が泣く回数は当初より減ってきているものの、妻は今も毎日涙を流し、その泣き声で目覚めることもある。また「親として千奈に対して何もできていないので、お世話をしてあげたい、一緒にいてあげたいという気持ち」から自死が頭をよぎったこともあるそうだ。ただ、事件の数カ月前に生まれた次女の存在が大きく踏みとどまっているものの「本当に毎日、毎日、なんとか生活している状態」と苦しい胸の内を明かした。

望むのは書類送検された4人の起訴

事件から3カ月後の2022年12月5日。警察は事件当時の理事長 兼 園長やクラス担任など男女4人を業務上過失致死の疑いで書類送検し、検察による捜査は今も続けられている。父親は「私たちがどうにかできる問題ではないのでわからないが、4人が起訴されることを強く求めている」と語気を強め、民事訴訟については「具体的に誰を相手取るのかは、刑事裁判もまだ終わっていないので、しっかりと確定した後に進めていきたい」と話した。

事件を受け、政府は2023年4月から認定こども園や特別支援学校などの送迎バスについて安全装置の設置を義務化した。父親はもちろん同じ悲劇が二度と起こらないようにするためには大切なことであると理解しているが、一方で今回の事件は2021年に福岡県で起きた同種の事件を受けて国が安全管理の徹底に関する通知を出した後での出来事だっただけに「自分たちは大丈夫という意識がどうしてもあるのではないか。実際に起きてみないとわからないという人間の本質があるかなと思う」と指摘し「遺族は『私たちの子供で最後にしてほしい』と建前では言うが、本音では『なんで自分の子供が他人に殺されなければいけないんだろう』と、どう納得したらいいかわからない気持ちで過ごしている」と吐露し「命を預かる仕事をするのであればしっかりとやってほしい」と願った。

「無念を晴らして千奈に報告を」

千奈ちゃんには今も毎朝「おはよう」と声を掛けるとともに「ごめんね」と謝罪しているという。千奈ちゃんについて「存在が本当に大きかった。『幸せ』とか『楽しい』ということが今までは当たり前すぎて実感できていなかったと千奈が亡くなってから改めて感じる。今でも私たちの主役の一人」と語った父親。改めて千奈ちゃんへの思いを問われると「助けてあげられなくてごめんなさい。事件当日も気づいてあげられなくてごめんなさい。親として今も…自分の行動が正しいかわからないけれど、無念を晴らせたら、晴らして千奈に報告できればという思いがある」と涙ながらに声を震わせた。

何の落ち度もない遺族の切なる思い。

だが、学校法人榛原学園や川崎幼稚園の幹部は2022年10月以来、テレビ静岡の取材に応じておらず、今回も弁護士を通じてインタビューを申し込んだものの、書面での回答に留めるとしている。

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