公益通報者保護制度の改正を巡る議論が進んでいる

公益通報者保護制度の改正を巡る議論が消費者庁の有識者検討会で進んでいる。犯人捜しや報復人事への懸念が内部告発を阻んでいるとの指摘があり、事業者側の責任を重くするかどうかが焦点だ。通報者を不利益に扱った事業者への罰則導入を求める声に対し、経済界には慎重論が根強い。

「内部通報しても監査部が事実確認することはなく、当該部署の部長などに連絡が行くのみで、隠蔽されるか通報者の犯人捜しが始まるだけだ」

ダイハツ工業の品質不正問題で第三者委員会が2023年12月に公表した調査報告書は、自社の内部通報窓口に対して強烈な不信感を訴える社員の声を取り上げた。

報告書によると、不正は古いもので30年以上前から続けられてきた。自浄作用が働かぬまま問題を長年放置した結果、同社の信頼は大きく傷ついた。消費者庁は24年1月、内部通報制度の運用に不備があるとして同社に改善を求める行政指導をした。

企業や官公庁の不正を内部告発した人を保護する公益通報者保護法は06年に施行された。国民生活に影響を及ぼしかねない不正の早期是正を促す目的で、刑事罰や行政罰に問われうる不正の通報を保護対象とする。

22年の法改正で規制が強化され、従業員301人以上の企業に内部通報窓口の設置などが義務付けられた。3年をめどに見直すことになっており、24年5月から消費者庁の有識者検討会で改正を巡る議論が始まった。年内に意見を取りまとめる方針だ。

背景に活用が進んでいない実態がある。消費者庁の23年度の調査で、体制整備が義務付けられた企業の約9割が制度を導入済みだったが、導入企業の6割は受付件数が年5件以下にとどまっていた。

相談・通報した人に対する調査でも約3割が「後悔した」「良かったこともあったが後悔もした」と回答した。通報したが調査が行われないほか、通報後の人事異動や評価で不利益な取り扱いを受けたとの理由が多い。

保険金不正請求問題が起きた旧ビッグモーターは通報を放置し、特別調査委員会から「告発もみ消し」と批判された。兵庫県知事がパワハラ疑惑などを内部告発された問題では、県は公益通報に当たるかを検討しないまま内部調査を始め告発者を特定。告発者はその後、亡くなった。自殺とみられる。

通報窓口の担当者個人が通報者の特定につながる情報を漏らした場合、30万円以下の罰金が科される。一方で、事業者が体制整備の義務や不利益取り扱いの禁止に違反した場合の罰則はない。欧米各国が法人に刑事罰や行政罰を定めるのとは対照的だ。

通報者が人事で不利益な取り扱いを受けた場合の対抗手段が十分でないとの見方もある。日本では通報者が事業者を相手に裁判を起こした場合、通報との因果関係を通報者自身が立証しなければならない。欧州各国は事業者側が立証責任を負う。

日本が議長国を務めた19年6月の20カ国・地域首脳会議(G20大阪サミット)で、報復に対する制裁など公益通報者保護に関する12の原則が採択された。

制度に詳しい有識者や労働者団体からは「現制度は通報者の保護が不十分。世界標準に合わせないと日本の企業が投資などでマイナスの影響を受ける」と欧米並みに厳格化すべきだとの声が相次ぐ。

だが、経済団体からは「日本は外国と違って解雇がしにくい制度。背景が異なる中で諸外国の法律をそのまま入れてもうまく機能しない」(経団連)と慎重論が強い。通報者の保護を重視した結果、正当な目的でない内部通報が増えるとの懸念もある。

利用が進まない内部通報に対し、行政機関や報道機関への「外部通報」は増加傾向にある。消費者庁によると、22年度の府省庁での受理件数は2万4460件と3年で3倍超に増えた。

内部通報関連業務に長年携わってきた原正雄弁護士は「同じ法令違反でも、内部通報をきっかけに自浄作用を働かせるのと外部通報で発覚するのとではイメージ悪化の程度やコストは大きく異なる」と指摘する。

「内部通報に関する事業者の責任を強化することはもちろん、法令順守の強力なツールになりえると粘り強く事業者側に理解を促す必要がある」と話している。

(藤田このり)

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