パワハラ疑惑の渦中にある兵庫県の斎藤元彦知事が、幹部職員に対して業務時間外に頻繁に連絡していたことを認め、謝罪した。これは2024年3月の告発文に「チャットによる時間お構いなしの指示が矢のようにやってくる」という文章に対して行われたもので、百条委員会も調査を行っている。
世界の国々で「つながらない権利」が注目を集める中、日本の対応はどうなっているのか。労働問題が専門の吉村雄二郎弁護士に聞いた。
安全配慮義務違反で違法の可能性
ーー深夜にチャットを送ることは違法?
休日や深夜など業務時間外にチャットやメールを送ること自体は違法ではありませんが、それに対して返信や対応を余儀なくされる状況が続く場合は労働時間に該当するので、件数が多ければ過重労働に陥って違法となる可能性があります。
「返信は明日でもいいよ」などといった文言の記載がなかったり、送り主が日常的にパワハラをしていた場合は、当然「返信しないと怒られる」と考えて返信対応を余儀なくされます。また、チャットがいつ来るかわからない状態だと十分な休みが取れず、肉体的にも精神的にも負荷がかかり体調を崩して病気になってしまう場合があります。企業の経営者や県知事は従業員の安全に配慮する義務を負っているので、業務時間外には十分休ませる義務があります。
それを守らずに休日や深夜にチャットを一方的に送りつけて部下の体調を崩してしまった場合は、不法行為と認定される1つのポイントになります。
ーー兵庫県知事という立場だと?
県知事は民間企業でいえば社長にあたる人なので、そうした立場の人から業務時間外にメールやチャットを受け取ったら無視することは難しいと思います。その結果、職員が体調を崩したのなら、トップとしての安全配慮義務に違反したことになるので、不法行為にあたる可能性があります。
海外では「つながらない権利」
吉村弁護士によると、業務時間外の仕事の連絡が過重労働と認められた判例もあるという。またフランスでは、勤務時間外の対応を拒否できる「つながらない権利」が法制化されるなど、世界的に業務時間外の連絡に対する社会的意識が高まっている。
ーー業務時間外の仕事連絡が過重労働と認定された判例は?
従業員が過労死をしたケースで、要因の1つとして業務時間外にメールへの対応を余儀なくされたという事実が認定され、経営者に対して損害賠償義務が命じられた裁判例があります。
たとえ「返信は後日でも大丈夫です」などといった記載があっても、送り主が強大な権限を持っていて、日常的にハラスメントを行い、即レスをしなかったら機嫌が悪くなる人物の場合は、返信を余儀なくされたとして不法行為となる可能性があります。
ーー海外では「つながらない権利」があるが?
「つながらない権利」とは、勤務時間外や休日に仕事上の連絡が入ってもその対応を拒否できる権利を言います。
世界で初めてフランスで「つながらない権利」が法制化され、最近ではオーストラリアなどでも法制化されたと報じられています。日本では法制化されていないので、そういった権利は認められていません。しかし、日本には労働時間の規制があるので、勤務時間外のメールや電話対応は「時間外労働」となり、これによって規制されていることになります。
ただ、昔と違って今はみんながスマートフォンやモバイル端末、ノートパソコンなどを持っているのでいつでも連絡がとりやすい状態です。便利な反面、業務上の連絡もくるのでそこをどう調整していくかが問題です。
雇用契約の内容を要確認
では、われわれは実際にどういった対応をとれば良いのか。吉村弁護士は「雇用契約の内容を見て、業務時間外の対応が求められるかどうかを上司に確認する必要がある」と話す。
ーー業務時間外に連絡が来たらどう対応するべき?
勤務先との雇用契約の内容に「業務時間外に連絡が来た場合も対応する」ということが業務内容に含まれているかどうかが1つポイントになります。
通常のサラリーマンであれば、基本的には業務時間内だけ対応することが業務内容になっています。よって、休日や深夜のメールなどに対応しなくても、雇用契約上は問題になりません。ただその辺のルールが雇用契約で明確にされていないことも多く、上司や権限を持っている人から連絡が来た場合、無視しづらい状況はあると思います。
共通認識を持つためにも、一度雇用主や上司の方に業務時間外の対応について確認をした方が良いのかもしれません。そこで「業務時間外も対応してください」という明確な説明があれば、それは対応しなくてはいけませんが、曖昧な状態だったら無視したことを理由にペナルティーを課すことはできません。
ーー業務時間外労働は証拠に残すべき?
休日や深夜のチャットやメールへの対応は労働時間に該当するので、残業代が発生することを意味します。それを客観的な証拠として残すことは重要かと思います。
取引先や顧客など社外の人からの業務時間外の連絡についても、雇用契約の内容を確認する必要があります。即レスが必要なのか、翌営業日の返信でいいのか、会社側の対応が明確になっていない場合は、対応しなくてもペナルティーは受けないはずです。
一方、メールを送る側の配慮としては、業務時間外に連絡をしたことをお詫びして、「返信は翌営業日にお願いします」と明確に記載することが重要です。
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