神奈川県小田原市は、史跡整備のための発掘調査を行っている史跡小田原城跡御用米曲輪(くるわ)(市城内)で、寛永10(1633)年に起きた寛永小田原地震の痕跡とみられる地割れが見つかったと発表した。小田原の城と町の歴史を考えるうえで「とても重要な発見」としている。
地割れの時期は、出土した焼き物や上下の土層の関係などから判断した。地割れは12本が確認されており、1本の最長は14メートル。市文化財課によると、付近には別に10本くらいの地割れがあるとみられるという。今後、戦国時代の発掘調査を進めるため、地割れは残らない。
寛永小田原地震は旧暦1月21日の明け方5時ごろに相模・伊豆地方を襲った。当時最大規模の地震で、小田原の城や町は甚大な被害を受けた。
地震をきっかけに身分で住む場所が決まるようになり、複数の寺院も移転され、小田原の町並みが戦国時代から封建的な江戸時代のものに変わった。【本橋由紀】
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