豪雨が襲った能登半島では押し寄せる土砂をかき分け、命を救おうとした人がいる。行き来が遮られ、孤立した集落で耐える人がいる。甚大な被害が出た被災地で多くの住民らが助けを求めている。
「諦めるな、絶対」。50代の男性は自らに言い聞かせ、その手を決して離すことはなかった。
石川県輪島市の東部にあり、珠洲(すず)市に隣接する町野町。山あいにある寺地地区で土砂崩れが起きた。住民の中山公さん(82)と妻はるみさん(82)が巻き込まれた。
この地区で働く男性が助けを求める声を聞いたのは、21日午前10時半ごろだった。職場から避難しようとしたところ、近くで斜面が崩れていた。
数メートル先で、土砂や倒木に挟まって動けなくなっている人がいた。中山さんだった。「助けて」。必死で手を振っているのが目に飛び込んできた。
近くにいた男性とすぐに向かった。2人で中山さんの腕を引っ張り、土砂から引き上げようとしたが、全く動かない。ほどなくして、大きな地響きが聞こえてきた。
土砂が3人のもとに流れ込んできた。男性の胸のあたりまで迫ってくる。激しい流れに思わず、中山さんの手を離してしまいそうになった。
「僕たちも危険です。離れましょう」。一緒に駆け付けた相手は息が切れている。相手と自分を鼓舞するように「諦めるな。絶対、安全なところに行こう」と声を上げた。中山さんの腕を引っ張り、土砂の流れが緩やかな場所までたどり着いた。
男性らは近くの避難所に身を寄せ、救助を待った。中山さんに目立ったけがはなく、会話もできていた。その後、男性は中山さんがドクターヘリで病院に運ばれ、容体が急変して亡くなったことを親族から聞いた。
「土砂の中から助けることができたのに、結果的に亡くなってしまった。つらくて、悔しい」。男性は言葉を詰まらせた。
夫婦を知る近所の50代女性によると、中山さんは自宅近くの畑の様子を見に行ったところで、土砂崩れに巻き込まれたという。はるみさんも一緒に流されたとみられる。この女性は自宅からその様子を見ており、「一瞬の出来事であっという間に土砂にのみ込まれてしまった。もうどうしようもなかった」と肩を落とす。
「丁寧にあいさつしてくれるご夫婦。最後に会った時も、育てているトマトの話をうれしそうにしてくれた」。別の女性は畑に通う夫婦をよく見かけていた。女性は「家族で震災を乗り越えて復興の最中だったのに。本当にやるせないです」と涙を流した。【森田采花】
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