6年前、大阪府羽曳野市の住宅街で起きた殺人事件。
【当時の捜査幹部】「この事件が難しい事件というのは(捜査)一課の刑事なら分かるし、よく着手してくれたなという思いが強い」
目撃者もいない、凶器も見つからない。
捜査幹部も認める難事件で、よりどころにしたのは、犯人の姿をとらえたドライブレコーダーの映像。しかし…。
【主任弁護人 伊賀興一弁護士】「あれ(ドラレコの映像)はもう、人であるという以上に、誰かを特定するような画像ではないですね」
決め手となる証拠がなく、被告人は無罪を主張。裁判員を悩ませる難解な“謎”を追った。
■現場周辺の映像の人物と「なんとなく似ている」
神話に登場する、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)。今も謎に包まれた彼の墓とされる大阪・羽曳野市の「白鳥陵古墳」のすぐ横にある住宅街で、事件は起きました。
2018年2月17日、午後9時44分頃。会社員の平山喬司(たかし)さん(当時64歳)が何者かに刺され、殺害されました。
司法解剖の結果、死因は出血性ショック死。傷は1カ所のみでしたが、刃物は肋骨と肋骨の間をすり抜け、心臓に達していました。
平山さんの長男は、真相が明らかになるまでは、父親を墓に入れることができないと話します。
【平山さんの長男】「頼りがいのある、僕からしたら優しいお父さんでした」
交際相手を家に送り届け、近くの駐車場に車を止めた後、事件に巻き込まれた平山さん。
目撃者や凶器が見つからない中、捜査を大きく動かしたのが、犯行の前後を映した現場周辺のドライブレコーダーの映像でした。そこには、平山さんの最後の声も残されていました。
【平山さんの長男】「(殺害される直前の)『待てこら!』って、一番怖い時の父親の声。あれが流れた時は、裁判所の中で涙がこみ上げてきました。すごい悔しかったんやなっていう声でしたね」
当時の捜査幹部は…。
【事件当時の捜査幹部】「『やった。いいの見つけたな』って。ただ、画質は悪いよね。鮮明化には限界があるから、他の捜査と相まって容疑性を高めていかないといけない捜査になる」
警察は、周辺の防犯カメラなどに事件前後、住宅街に出入りした住民以外の人物が写っていなかったことから、犯人を近隣の住民に絞り込みます。
そして事件から1週間後、捜査線上に浮上したのが、ドライブレコーダーに映る犯人と体型が似ていて、平山さんの交際相手とトラブルのあった山本孝被告(48歳)でした。
2018年5月、逮捕前の被告はこのように話していました。
【山本孝被告】「とりあえずやってもないし、家なんかもガサ入れ(家宅捜索)入ってしばらく1カ月たちますけど、当然証拠なんて、やってもないから出るわけない」
「警察が『映像見る限り、なんとなく似ている』とか言ってましたけど、なんとなくであそこまでされたら、こっちはすごく迷惑!」
山本被告は強い口調で犯行を否定。
自宅から押収した刃物や衣類などからも、事件とのかかわりは見つからず、進展のないまま月日がたちましたが…。
■直接証拠がない中…事件の4年後に逮捕された山本被告
2022年2月4日、山本被告が逮捕されたことが報道されました。
「4年前、羽曳野市の路上で男性を刃物で刺して殺害したとして、当時、現場付近に住んでいた46歳の男が逮捕されました」
警察は、地道な周辺捜査を続けたとして、ついに逮捕に踏み切ったのです。
【事件当時の捜査幹部】「この事件が難しい事件というのは(捜査)一課の刑事なら分かるし、よく着手してくれたなという思いが強い」
「やっぱり遺族のこととか考えたら、勝負したいよね」
検察は、ドライブレコーダーに映る犯人と山本被告の体形が似ていること。さらに、山本被告が隣に住む平山さんの交際相手と、植木鉢の置き方をめぐり、たびたびトラブルがあったことから「殺害動機もある」と判断。
状況証拠を積み上げ、殺人罪で起訴したのです。
裁判が始まったのは、今年6月10日。事件から6年以上が経過していました。
3カ月もの長期に渡る異例の裁判員裁判。
決め手となる直接証拠がない中、ドライブレコーダーの映像や、15人もの証人を立てて、検察が立証しようとした犯行のストーリーは次のような内容でした。
隣人トラブルで恨みを持っていた山本被告は、自宅の前から駐車場にいた平山さんを監視。車を降りたのを確認してから現場に向かい、タイミングよくすれ違いざまに殺害。その後、帰宅したというものです。
実際に平山さんが車から降りた直後に、山本被告の隣の家のセンサーライトが点灯。その30秒ほど後に、事件が起きたのです。
こうした監視ができたのは、この家に住む山本被告以外にありえないと主張しました。
【平山さんの長男】「全部つなぎ合わせていった時に、『ああ、もう被告人が犯人だな』っていうのが、僕の中で確証に変わったんですけど」
■「証明力のない証拠ばかり」と弁護人 判決は9月27日
しかし、弁護側はこうした検察の“ストーリー”に真っ向から反論しています。
【主任弁護人 伊賀興一弁護士】「(検察は)客観的な痕跡・証拠があれば、もっと立証は簡単だった。何もないものだから、推測をしました。『推測通りなら彼はできたでしょう』という“可能性論”に立脚した。証明力のない証拠ばかり」
そもそもドライブレコーダーの映像は、顔の識別ができるような画質ではないと指摘。
さらに、検察が「住民の犯行」と判断した根拠となる住宅街への侵入口は、カメラに映る3カ所のみという点についても、防犯カメラなどに映らずに出入りできる道があると反論しています。
取材班が確かめてみると…。
【記者リポート】「国道に面したこちらの建物の1階部分が、弁護側が示すカメラに映らない侵入口の1つです。確かにフェンスやシャッターなどがないので、こうして住宅街に通り抜けることができます」
検察は、法廷で弁護側が指摘したカメラに映らない道は認めたものの、「暗くて歩くには不自然」と反論。実際に夜、歩いてみると…。
【記者リポート】「明かりを消すと、確かにとても足元が見えにくく、走ったりするのは難しいですね。フェンス伝いに通り抜けるという感じでしょうか」
さらに弁護側が、検察が描いたストーリーの中でもひときわ大きな矛盾として指摘するのが…。
【主任弁護人 伊賀興一弁護士】「事件を起こした後に家に帰ってこないといけない、彼が犯人なら。隣のセンサーライトが、(山本被告が)帰ってきたならつくはずなのに、ついていない。これは(検察の)立証の失敗なんです」
検察の立証で、山本被告が家から現場に向かった時に点灯したとされるセンサーライト。犯行現場に向かう時に点灯したならば、家に帰ってきた時にも点灯するはずですが、それは確認されていないのです。
山本被告は、駐車場の平山さんを、タバコのポイ捨てをしないよう、自宅前で5分程度“見張っていた”ものの、すぐに家に戻ったと説明しています。
検察が示したそれぞれの証拠ついて、弁護側はことごとく反論。
それでも検察は、「1つ1つの証拠では山本被告の犯行といえないまでも、総合的にみて山本被告が犯人である」とし、懲役20年を求刑しました。
【主任弁護人 伊賀興一弁護士】「これで間違いなく彼(山本被告)が犯人だと認定できるのかどうか。これではまだ認定できないとなれば、無罪を早く言い渡して、捜査をもう一度やり直せというぐらいの裁判所の勢いを示すべきだと思っている」
法廷で最後に言いたいことを聞かれた山本被告は「僕はやっていません」と2度、力強く述べました。
判決を前に、山本被告は何を思っているのか。大阪拘置所を訪ねました。
Q.3カ月の裁判を振り返って、思うことはありますか?
【山本孝被告】「長かったし、しんどかった。『それが証拠?それでよく起訴できたね』っていうのが本音です。勝てると思うけど、もしかしたらって思うと、正直怖くて眠れません」
法廷で最後に、「僕はやっていません」とだけ述べた理由について聞くと…。
【山本孝被告】「僕が言いたかったのは、それだけだったので」
決定的な証拠のない裁判で下されるのは、有罪か無罪か。謎を解くカギは果たして…。
判決は9月27日に言い渡されます。
(関西テレビ「newsランナー」 2024年9月26日放送)
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