15年前、埼玉県熊谷市でひき逃げ事件があり、一人の男の子が命を落とした。犯人は見つかっていない。解決を願う遺族のためにと、現場から1000キロ近く離れた九州で署名を呼び掛ける人がいる。長崎県佐世保市在住の画家、北原憲さん(55)。事件を知らない人たちに向けたひたむきな署名活動は、遺族への共感の輪を広げている。
「最愛のご子息を奪われた遺族に力を貸してもらえませんか」。9月9日。佐世保市の文化施設「アルカスSASEBO」に、署名を呼び掛ける北原さんの姿があった。会場には、ひき逃げ事件で亡くなった小関孝徳(たかのり)さん(当時10歳)が描いた絵や、愛用していたサッカーボールなども展示されていた。
事件のこと、遺族が「時効の壁」を取り払おうと懸命に活動していること、そして孝徳さんが生きた証しを知ってほしい――と、北原さんは遺作遺品展を企画。桜の下で合掌する喪服姿の自分自身を描いた絵も出品した。タイトルは「悲願桜」。孝徳さんの冥福を祈る思いを込めたという。
賛同する画家11人も作品を寄せ、その一人、長崎県雲仙市の富士華瑚(はなこ)さん(54)は言う。「私たちが協力することで、埼玉にゆかりのない人たちにも遺族の思いが広がれば」。署名は15日までの開催期間中、128筆が集まった。
こうした活動は2023年2月、北原さんが自身のSNS(ネット交流サービス)のフォロワーを通じて事件を知り、遺族に連絡を取ったことがきっかけ。孝徳さんの母代里子(よりこ)さんが癒えることのない悲しみを抱きつつ、死亡ひき逃げ事件の公訴時効の撤廃を目指し闘う姿に心を打たれた。「埼玉にゆかりのない人間ですが……協力させてもらえませんか」と申し出た。
北原さんは7年前に母親を、3年前には父親を亡くした。宝石小売業を営む父親は仕事に厳しい半面、北原さんが趣味で描いた絵を見ては「良い絵じゃないか。絵描きになったらいい」と褒めてくれた。家族を失って初めて「何気ない日常の尊さ」を実感した。
同時に、手足が震える症状にも悩まされるようになった。強い精神的なストレスが原因とみられる「解離性障害」と診断され、1人で暮らしながら治療を続けている。「悲願桜」はペンを持つ右手の震えを左手で支えながら描いた。
「両親の死で大切な家族を失うつらさを痛いほど感じた。だから(孝徳さんの事件を)人ごととは思えなかった。残された時間の中で署名活動を続けたい。遺族の願いが実現することを心から願っている」
◇「私も交通事故で家族を…」
23年8月に佐世保市で初めて拡声器を手に「遺族にどうかご協力を」と署名を呼び掛けた。すると、道行く人が次々と立ち止まり、数日間で137筆が集まった。ある女性は「私も交通事故で家族を亡くした」と明かし、「初めて事件のことを知った。遺族によろしくお伝えください」と涙ながらに署名をしてくれた。
今年2月には東京都でも活動し、集まった署名を手に熊谷市へ赴いた。事件の現場を訪ね、孝徳さんの仏壇に手を合わせた。代里子さんからは「他人のためにここまでしてくれて感激しています」と言葉をかけられたという。
事件は9月30日で発生から15年。危険運転致死罪の公訴時効が5年後に迫る。遺族が時効撤廃を求め、法務省に提出した署名は11万筆を超えた。【加藤佑輔】
熊谷・小4男児死亡ひき逃げ事件
小関孝徳さんは09年9月30日夕、自転車で帰宅途中、熊谷市内の市道で車にはねられ死亡した。目撃情報が乏しく、埼玉県警による捜査は難航している。情報提供は熊谷署(048・526・0110)や、代里子さんのブログ(https://ameblo.jp/kosekitakanori/)へ。
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