1966年に静岡県で一家4人が殺害された事件で死刑とされた袴田巌さん(88)の再審無罪が9日、確定しました。事件から半世紀以上が経過した後に裁判をやり直して「真の自由」を得るという経過は国内外でも類を見ません。
捜査機関による証拠の捏造(ねつぞう)を裁判所が認定し、検事総長が談話を公表するといった異例ずくめの経緯から、私たちはどんな教訓を得られるでしょうか。
異例①58年後の再審無罪
66年6月に事件が発生し、袴田さんは約2カ月後に逮捕されました。公判で一貫して無罪を主張しましたが、80年に死刑が確定し、袴田さんは精神的に不安定になっていきます。
姉のひで子さん(91)や支援者の支えにより、静岡地裁で再審公判が始まったのは2023年10月。「弟、巌を人間らしく過ごさせてください」。ひで子さんは判決前の取材に、無罪判決にかける思いを語っています。
事件から58年たって、やり直しの裁判で無罪が言い渡されると、海外メディアも「世界で最も長く収監された死刑囚に無罪判決」などと相次いで報じました。
- ・世界で最も長く拘束された死刑囚 時の止まった半世紀
- ・袴田巌さん無罪確定、戦後5例目 検察が控訴の権利放棄
- ・「無罪勝利が実った」袴田巌さん、判決後初めて公の場に
- ・袴田さん再審無罪、海外メディアも速報
異例②再審請求から43年5カ月
なぜこんなに長い時間がかかったのでしょうか。刑事訴訟法は再審を始める条件として「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」が必要と定めています。袴田さん側は1981年に最初の再審申し立てをしましたが、最高裁で結論が出るまでに27年もかかりました。
最大の理由が再審に関する規定の不備です。刑訴法には具体的な手続きに関する定めがほとんどありません。そのときも検察側が持つ証拠が弁護側に開示されず、裁判所も積極的に審理を進めませんでした。
再びやり直しの裁判を求め、ようやく静岡地裁で開始決定が出たのは14年のこと。検察側が不服を申し立て、東京高裁や最高裁をへて、再審開始が決まるまでにさらに9年がかかりました。
もともと日本の刑訴法をベースに、同じように再審制度を定めていた台湾はこの間に法改正を2回実現し、再審のルールを整備しました。本人や弁護側ではなく検察側から死刑事件の裁判やり直しを求めた例もあるといいます。日本は台湾から学べることがあるのではないでしょうか。
- ・袴田さん無罪 再審へ法改正できた台湾、できない日本
- ・[社説]再審制度の見直しが急務だ
異例③裁判所が「証拠捏造」を認定
再審公判で最大の争点となったのが、袴田さんが犯行時に着ていたとされる血痕が付着した「5点の衣類」をどう評価するかでした。袴田さんを無罪とした9月26日の静岡地裁判決は、衣類を含めた3つの証拠は捜査機関による捏造と認めました。
捏造の可能性については、再審開始を認めた23年の東京高裁決定も言及していましたが、地裁は客観証拠が不十分な状況下の裁判中に突然見つかったことなどを踏まえて、衣類は「捜査機関によって加工、隠匿された可能性がある」とさらに踏み込みました。
この判決に検察側は激しく反発します。検察当局が控訴し、結論が出るまでにさらに時間がかかるのではないか、という見方が浮上しました。
- ・袴田さん無罪で残る「3つの捏造」 捜査検証避けられず
- ・袴田さん追い込んだ捜査 ずさんな姿勢、司法も追認
- ・「捏造」確信の袴田巌さん支援者 色を疑い重ねた実験
- ・袴田さん再審無罪 「犯行着衣は捏造」異例の捜査糾弾
異例④検事総長が談話を公表
控訴期限は10月10日。検察の判断が最大の注目点となるなか、畝本直美検事総長は8日午後、控訴しないとする異例の談話を発表します。控訴の可否を判断する主体は本来は静岡地検ですが、最高検を含む上級庁が主導して検討したことがうかがえます。
談話が最も多くの分量を割いたのは判決への反論でした。捜査機関による捏造という認定に「強い不満を抱かざるを得ない」と不信感をあらわにしました。本来なら控訴して上級審の判断を仰ぐべきだとしながらも、袴田さんの年齢や健康状況などを考慮した、としています。
- ・袴田さんへ謝罪も「判決に不満」 検事総長、異例の談話
異例⑤過去最高の補償額
検察当局が控訴する権利を放棄した9日、ついに袴田さんの無罪が確定しました。
弁護団は刑事補償法に基づき、無実の罪で拘束されていた期間の補償金の支払いを求める方針です。同法は拘束1日につき最大1万2500円を支払うと定めています。袴田さんの対象期間は47年7カ月間に及び、総額は2億円超と過去最高額になる見通しです。
ただ、釈放されてからの10年間は対象外。弁護団はなお「不十分」として、国家賠償を求めて訴訟を起こすことも検討しています。
- ・袴田さん補償、拘束47年7カ月で2億円 釈放後は対象外
私たちは何を学べるのか
無罪を訴え続けて半世紀以上。袴田さんを巡る一連の経緯は日本の刑事司法の不備を浮き彫りにしました。
再審制度の見直し機運も高まりつつあるなか「疑わしきは被告人の利益に」の原則に立ち返るとともに、捜査機関や裁判所も誤りうるという前提に立つ必要があります。この異例の冤罪事件から社会全体が学び、教訓を今後に生かさなくてはなりません。
- ・法治国家の根幹揺るがす冤罪 「誤りうる司法」直視を
- ・袴田さん無罪確定、冤罪から何を学ぶ 識者の見方
- ・[社説]袴田さんの再審無罪確定を重い戒めに
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