東京都内の地下鉄の駅で後ろから蹴られた視覚障害者の男性=都内で2024年10月26日、谷本仁美撮影

 9月、東京都内の地下鉄駅で50代の男性が後ろから蹴られる暴行事件があった。男性には視覚障害があり、相手の姿は見えない。目の不自由な人が被害者の事件は泣き寝入りとなるケースが多い。だが、今回はある行動によって容疑者が逮捕された。男性は事件を振り返り「暴言を吐かれたり、白杖(はくじょう)を折られたりした経験が多くの視覚障害者にあることを知ってほしい」と訴える。

よく使うトイレで後ろから

 男性によると、9月3日夕、東京都千代田区の都営地下鉄神保町駅ホームにある多目的トイレに1人で立ち寄った。男性は網膜の難病で、現在は光の明暗は識別できる状態。よく使うトイレで、白杖を左右にスライドさせてドアが閉まっていることを確認し、白杖をドアに当てながら待っていた。

 その後、ドアが開いたので中へ進んだが、後ろから衝撃を感じて前へつんのめった。思わず白杖をぎゅっと握り踏ん張ったが、背中のリュックが浮き両肩からずれた。一瞬、何が起こったかわからなかったが「蹴られた」と思った。

 「誰ですか。こんなことするのは」。男性はそう言い、ホームへ出て点字ブロック上を歩きながら大声で駅員を呼んだ。駅員に時刻を尋ね、それを記憶してもらった上で、警察への通報を依頼。警察官は5分ほどで駆けつけたという。男性にけがはなく、白杖も折れずに済んだ。

防犯カメラが捉えていた

 約1カ月後、30代の男性容疑者が警視庁に暴行容疑で逮捕された。警視庁神田署によると、容疑者はトイレを利用中、ドアに白杖の当たる音を聞き「せかされているような気がして、途中で用を足すのをやめた」と話しているという。

 おおむね容疑を認めているものの「リュックを蹴ったが、体を蹴った覚えはない」「トイレのドアを開けた時、つえをついてリュックを背負っているおじさんがいたのは覚えているが、目の不自由な人であるとは知らなかった」とも話したという。同署は容疑者を釈放し、任意で捜査を続けている。

東京都内の地下鉄の駅で後ろから蹴られた視覚障害者の男性=都内で2024年10月26日、谷本仁美撮影

 今回は現場近くの防犯カメラが一部始終を捉えていた。同署は逮捕に至った要因について「防犯カメラがあったことは大きい」とする。ただ、防犯カメラは録画画像に保存期限があるため「ためらわずに早く通報してほしい」と呼びかける。

「みんな泣き寝入り」

 当時を怒りを持って振り返る男性も、逮捕までは「また同じ目に遭うのではないか」と不安に駆られた。

 こうした暴力を受けたのは初めてだが、白杖を使い始めた約15年前からこれまでに折られた白杖は7本に上る。自転車や自動車の車輪への巻き込みや歩行者との衝突によるものだ。大抵は何も言わず、逃げられる。

 点字ブロックの上に立ったままの人にぶつかったり「どけ」「早く歩け」と言われたりしたこともある。初めは何も言えなかった男性も、約10年前に埼玉で盲導犬が刺された事件や盲学校の女子生徒が点字ブロック上で足を蹴られた事件以来、声を上げようと意識を変えた。それが今回の逮捕につながった。

 男性が暴行を受けたことを視覚障害のある知人らに話すと、ぶつかって暴言を吐かれたり殴られたりしたほか、抱きつかれた女性もいた。「日常茶飯事で、みんな泣き寝入り。だから、自分の経験を他の視覚障害者や視覚障害のない人にも知ってほしい」。男性は力を込める。

「勇気を持って行動を」

 日本視覚障害者団体連合(東京都新宿区)によると、年間2000件ほど寄せられる相談のうち「車に白杖が巻き込まれて折れた」「白杖歩行していて停車中の自動車にぶつかり文句を言われた」などのトラブルは数件にとどまる。多くは相談がないまま泣き寝入りしていると推測されるという。

 会長で弁護士の竹下義樹さん(73)も白杖を折られそのまま逃げられた経験を多く持つ。竹下さんは今回の事件を受け「理不尽な無理解がなくなり、視覚障害者の安全が守られ、惨めな思いをさせられることがなくなってほしい」と話す。その上で、視覚障害者にこう呼びかける。「被害に遭ったら、社会を変えるためにも、被害届を出すなど勇気を持って行動してほしい」【谷本仁美、松本惇】

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