在日米軍が絡む事件・事故の元凶とされる日米地位協定の存在が改めて注目を集めている。基地が集中する沖縄県で米兵の性暴力事件が相次いで発覚したことや、協定改定に意欲を示す石破茂首相が誕生したためだ。協定の何が問題なのか。2002年に神奈川県で米兵から性被害を受けたオーストラリア人女性は毎日新聞のインタビューに自らの体験を語り「被害をなくすため今すぐ改定すべきです」と訴える。
女性は、東京在住のキャサリン・フィッシャーさん。02年に神奈川県横須賀市内で見知らぬ米兵男性からレイプされた。直後に警察に届け出たが米兵は不起訴に。ただちに民事訴訟を起こし東京地裁で性暴力被害を認定する判決を勝ち取った。だが、米兵は提訴後に帰国して行方が分からなくなっていた。このため約10年の月日をかけて居所を突き止めて米国で再提訴し、13年にようやく性暴力の責任を認めさせた。
気付いた16条のいびつさ
東京地裁は米兵による性暴力被害を認定したのに、なぜ不起訴だったのか。独自に調べる中で問題として意識するようになったのが、米軍に特権を与える地位協定の存在だった。協定によって、米兵は犯罪をしても基地に逃げ込めば日本の警察に原則逮捕されないなど、日本の捜査権が十分に及ばない。実際、米軍関係者の刑法犯の起訴率は日本全体のそれより低かった。日本側が重要な事件と見なさない限り、米兵を日本の裁判にかけない“密約”が1950年代に結ばれていたことも知った。
フィッシャーさんが特に問題と感じたのは、地位協定の16条が米兵に対して日本の法令を「尊重」する義務しか課していないことだ。なぜ裁判中の米兵の“逃亡”を許したのか。日本に連れ戻す手立てはないのか。日本政府に助けを求めると、担当者からこんな説明もあったという。「協定には米兵が日本の法令に『従う』とは書いていない。だから我々は何もできない」
不正義の連鎖に憤り
再提訴した米国の裁判で看過できない事実も判明した。逃げた米兵が米軍の弁護士から「すぐに日本を出て行きなさい」と言われたため帰国したと明かしたのだ。「米軍は日本の法令や法的手続きを尊重すらしていない」。そう感じたフィッシャーさんはその後、自身のケースと同様に加害者の在日米軍関係者が民事裁判中に帰国して責任を逃れるケースが相次いでいることを知る。そして、こう確信したという。
「協定は米兵に日本の法令に従う義務を課さず、日本の法的手続きに従うことも求めていない。その状況が抜け穴を作り出し、不正義の連鎖を生み出している。こうした無責任な仕組みが犯罪をなくすことを困難にしている」
声を上げられない被害者のために
警察庁によると、米軍関係者による性犯罪の摘発は全国の警察で89年から今年5月までに166件に上っている。沖縄では95年に小学生の女児が暴行され、16年には20歳の女性が暴行目的で殺害された。フィッシャーさんは被害にあった02年以降、自らの体験を基に性暴力の被害者支援を続けている。その中で米軍が絡む暴行の被害者が十分な補償を受けられず泣き寝入りを強いられている実態も見えてきたという。
メディアや講演会で顔を隠さず実名で証言を続けるのは、声を上げられない被害女性らの代弁者になる決意をしたからでもある。そのフィッシャーさんが20年以上訴え続けているのが、地位協定の改定だ。「問題の核心は、米軍関係者が日本の法制度の下で責任を逃れることを可能にする16条です。条文を書き換え、米兵に課す義務を『法令の尊重』から『法令に従う』に改めなくてはならない」
同じ苦しみは他の誰にも……
地位協定を巡っては、沖縄県や全国知事会などが抜本改定を求めてきたが、日本政府はかたくなに応じてこなかった。「米兵による自国民への犯罪被害が何十年にわたって数多く生じているにもかかわらず、日本政府は何もしていないように見える。協定を変えるため今すぐ動かなければ、明日また誰かがレイプされるかもしれない。私と同じような苦しみを、もう他の誰にも味わってほしくありません」【大場弘行、竹内麻子】
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