弾道ミサイルを探知・追尾するXバンドレーダーを配備した米軍経ケ岬通信所が2014年12月に京都府京丹後市丹後町で稼働を始めて26日で10年になる。基地“受け入れ”の際、中山泰市長は「住民の安全と安心の確保が大前提」と繰り返し表明したが、現実はどうなってきたのか。近畿で唯一の米軍基地の町の10年を検証する。
Xバンドレーダーを配備した米軍経ケ岬通信所(京丹後市丹後町)のロバート・エリオット司令官(当時)は一瞬、困惑の表情を浮かべた。面前でゆっくりと英語で質問しようとした新聞記者に対して。直後に5、6人の防衛省職員が司令官を取り囲んで会議の場から退出させた。記者たちは防衛省の対応に抗議し、「司令官への質問が拒否されるなら防衛省は代わって答える義務があるのではないか」と声を上げた。
2021年12月2日、京丹後市役所であった第29回米軍経ケ岬通信所安全安心対策連絡会(安安連)での出来事だ。当時、米軍人は基地内の隊舎に入居しておらず、入居時期に関心が集まっていた。記者は入居時期を確かめるため、安安連終了後に直接司令官に取材しようとしたのだ。
安安連は地域住民の代表とともに基地の課題を話し合い、解決を探る場だ。基地がある袖志、尾和地区をはじめ、宇川連合区、市全体の区長会、女性団体の各代表、府、市、府警本部などで構成し、3カ月ごとに会合を開いている。
1回目は14年10月22日、レーダーを運用する米陸軍第14ミサイル防衛中隊が発足した日に開かれた。中山泰市長と防衛省の原田憲治政務官(当時)がその場で安安連の規約に署名した。そこには「国民の生命・財産を守るために非常に有益であり、我が国の国防にとって重要な役割を果たすものである。同時に、地域住民の安全と安心を確実に実現することが大前提に求められており、あらゆる努力を行うと誓う」と記されている。
以来、継続して開催され、中山市長は11月25日の第40回安安連で「笑顔ひろがる安全・安心のさらなる向上に向けて」と題するメッセージを発表した。安安連は「事件事故の防止を万全に図り、全国に例をみない組織として米軍司令官も直接加わる形で相互に情報を共有、連携して課題を協議するため立ち上がった」とし、この10年を「安全、安心の諸課題の解決を着実に進めていただいた」と振り返った。
発電機稼働による騒音被害、多発する米軍関係者の交通事故、ドクターヘリ運航時のレーダーの不停波――。次々と起きる問題に、安安連は基地周辺住民の切実な声を届ける場となってきた。
しかし、現在のシャノン司令官が11代目であるように、それぞれの組織は代表者が次々と交代する。安安連も発足当初は騒音問題などについて司令官と直接やりとりをすることが度々あったが、最近は「良き隣人でありたい」と冒頭のあいさつをするだけで、いつのまにか山積する課題についてのやりとりが極端に少なくなっている。
事実、「ずっと、司令官に直接質問してはいけない場とばかりに思っていた」と打ち明ける参加者もいる。
安安連は「相互に連携し、協議する場」となっているのか。参加者の一人は「切実な声を伝えようとしても米軍には届かない。防衛省は米軍の運用には一切関与できない。防衛省は米軍に要望を伝えるというだけで、いつもブラックボックスに吸い込まれるように無くなり、答えはいつまでたっても返ってこない」と話した。
米軍は基地発足当初、報道関係者に部隊発足式を公開したが、最近は情報をほとんど出さなくなっている。腫れ物に触るように、米軍司令官の取材を避けようとする防衛省。安安連でも、司令官に直接尋ねようとしても防衛省は「こちらからお答えする」と遮る場面がみられる。その姿勢は米軍の意向を受けたものなのか。「米軍・防衛省の宣伝の場になっている」。安安連を正面から批判し、途中から参加しなくなった人が過去にいたことを忘れてはならない。【塩田敏夫】
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