米軍Xバンドレーダー基地のフェンスに取り付けられた黒い幕=京丹後市丹後町で2024年11月28日午前10時50分、塩田敏夫撮影

 弾道ミサイルを探知・追尾するXバンドレーダーを配備した米軍経ケ岬(きょうがみさき)通信所が2014年12月に京都府京丹後市丹後町で稼働を始めて26日で10年になる。基地“受け入れ”の際、中山泰市長は「住民の安全と安心の確保が大前提」と繰り返し表明したが、現実はどうなってきたのか。近畿で唯一の米軍基地の町の10年を検証する。

 「もう防衛(省)の言うことは信用できん」。京丹後市役所丹後庁舎内に袖志区長の山口圭一さんの大きな声が響いた。

 11月25日、Xバンドレーダーを配備する米軍経ケ岬通信所(同市丹後町)の問題を地域住民とともに話し合う第40回経ケ岬通信所安全安心対策連絡会(安安連)が終了した直後のことだった。区長を5、6人の防衛省の担当者が囲み、長い時間話し込んでいた。

 国の重要文化財に指定されている灯台で有名な経ケ岬のある袖志区。隣接の尾和区と並び、米軍基地にとっては地元中の地元だ。基地所在地であり、多くの住民が基地に土地を提供し地主となっている。米軍は防衛省の協力を得て袖志区で英会話教室を開いたり、祭りに参加したりして「良き隣人」になる努力を重ねている。

 山口区長は元小学校長。防衛省主催で3カ月ごとに開催されてきた安安連では、米軍への感謝の言葉を口にしてきた。台風の豪雨によって袖志区で土砂災害が起きた際、米軍がいち早く救援作業に駆けつけてくれたからだ。何が起きたのか。安安連はいつもとは違う空気に包まれた。

 山口さんが問題にしたのは「黒い幕」だった。米軍基地はフェンス越しに見通すことができていたが、最近は黒い幕が基地を取り囲むフェンスに取り付けられ、中を見ることが困難となった。黒い幕は地元では不評で、「何とかならないか」との声が上がっている。

 基地建設が決まった際、地元区は施設は地域に溶け込む色にするよう求めた。防衛省は最大限配慮する姿勢を示し、米軍は基地の建物を隣接の航空自衛隊経ケ岬分屯基地と同じ緑色に統一した。

「色を変えたい」引き継がれず

 山口さんは第40回安安連で、8月に就任したばかりのシャノン新司令官に「お聞きしたいことがある」と切り出した。以前、クウァント前司令官に黒い幕について区民の「思い」を伝えたところ、「私も息苦しいと思っていた。幕の色を変えたい」と回答したことに触れ、その後の対応を尋ねたのだ。新司令官はその場で「聞いていない」と答え、新旧司令官の間で引き継ぎがないことがわかった。

 このやりとりには伏線がある。前回の第39回安安連(7月31日)で、山口さんは黒い幕について防衛省に尋ねたが、「米軍の基準だと思う」との回答があったのだ。防衛省は米軍と地元の間の調整に努めるが、米軍の運用には関わることはできないという姿勢だ。

 防衛省の回答を受け、山口さんは安安連の場で新司令官との直談判に臨んだのだ。

 しかし、防衛省は山口さんの新司令官への問いに「こちらからお答えする」と割って入り、新司令官が回答することを避けさせようとした。基地発足以来、安安連は歴代米軍司令官が出席することが慣例になっているが、最近は直接司令官とやりとりすることはまれになっていた。

 基地が稼働する前、防衛省は地元区の住民説明会を何度も開き、当時の渉外責任者は「何でも言ってください。ずっと地域のためにお役に立ちたい」と言い切った。そうした姿勢はどこに行ったのか。米軍基地稼働前と稼働後の“落差”に地元住民は戸惑っている。

 一見、些細(ささい)なできごとのようだが、黒い幕は今後の基地の町の行方を左右するかもしれない。区民の声を背負う山口さんは第40回安安連で米軍基地について「大変なもの」と表現した。その表情には基地がある現実への苦悩がにじんでいた。【塩田敏夫】

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