教室から笑い声が聞こえてきた。先生と生徒が活発にやりとりする。「今の発表で良かったところは?」「敬語をすらすら使い、言葉遣いも良かった」。生徒11人に教諭は複数。11月下旬、奈良市内の外れにある山辺(やまべ)高校で「自立活動」の授業が開かれていた。自立支援農業科の1年生が、社会で役立つ実践を学んでいく。障害のある生徒とない生徒が共に学ぶことを「インクルーシブ教育」と呼ぶ。奈良県内の高校では唯一クラス単位で取り組んでおり、全国的にも珍しい。
障害という言葉が好きではない。差し障り、害のある人間なんているのだろうか。この語感が持つ冷たさに抵抗し、いろいろな表現を探してきた。ハンディキャップ、生きづらさ、特性――。分かるようでどれもしっくりこない。しかし、山辺高校のパンフレットは臆することなく、自立支援農業科を紹介していた。「知的障害のある生徒を対象として、農業を軸とした高等学校の教育課程を実施する」。奈良市中心部から車で約1時間、冷涼な山間地にきれいな校舎が建っていた。
奈良県立山辺高校(奈良市都祁友田町)は1935年、地域の青年農民道場「豊農塾」として始まる。「開拓魂」を建学の精神とし、48年には県立山辺農業高校に。少子化や再編計画を経て、2016年からインクルーシブ教室が始まり、22年に今の学科編成となった。総合学科と合わせた全日制の生徒数は158人。うち30人が自立支援農業科で学ぶ。
訪れた日の自立活動では、プリントの問題を生徒たちが一緒に考えていた。職場から先に帰る際のあいさつなど社会生活での言葉遣いもロールプレーで学んでいく。「互いにマイナスの発言をしない」「分からないことは積極的に質問する」などが授業のルールだ。中学時代にいじめられたり、友人作りが苦手だったりした生徒もおり、あいさつや返事を特に大切にしている。
自立活動や一部教科は自立支援農業科だけで臨むが、野菜や花づくり、茶摘み体験などは農業系学科の生徒たちが共に学ぶ。見学時は少人数の班に分かれ、花のポット入れ替えなどをしていた。自立支援担当の横山洋教諭は「最初はためらう生徒もいるが、積極的に関わることで『他の人と変わらない』と気づく者も多い。一緒が当たり前という日常に変わっていく」と、生徒たちの成長を語る。
教員側にも発見がある。英語を教える松本貴子教諭は3年前、市街地の進学校から転勤してきた。「最初はどのように接していいか分からず、驚きの連続。でも生徒たちは素直でまっさら。教えたことがどんどんできるようになり、幅が増えていく。前任校では経験できなかった喜びを感じる。教育の原点です」。特別支援学校の教員免許も新たに取得したという。
来春、自立支援農業科は初めての卒業生を送り出す。社会生活を見据え、3年生はインターンシップをこなしてきた。牧場、ペットショップ、介護職、調理関係など幅広い職場で経験を積んだが、農業を選ぶ生徒はほとんどいないという。奈良県内は小規模農家が多く、就職口が少ないためだ。安原直彦校長は熱っぽく語る。「将来的には農福連携につなげていきたいが、社会で生きていく術(すべ)をまず身につけてほしい。自分たちもできるという自己肯定感を育んでほしい」
冬本番を感じさせる空模様だったが、教室内は小春日和のような温かさがあった。取材中、金子みすゞのあまりにも有名な詩が頭の中で響いた。「みんなちがつて みんないい」。社会の現実は誰にとっても甘くないだろう。人と少し違っていても、誰もまねできないような芸術作品を生み出したり、誰よりも熱心に農作業に取り組んだりする人たちをたくさん見てきた。可能性は無限だ。学ぶとは何か、支えるとはどういうことか。そんな根源的なことを考えさせられた。【井上大作】
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