男性が生前使っていた手帳をめくる長男(右上)ら家族。男性の死後に子供を出産した長女は「孫の顔を見せることができず、心残りだ」と話す=愛知県内で2024年11月17日午後4時31分、土田暁彦撮影

 岐阜大の研究員として働き、大手航空測量会社の顧問を掛け持ちしていたダブルワークの男性(当時60歳)が、3年半前に自殺して労災と認められていたことが関係者への取材で明らかになった。大学で上司の厳しい指導を受け、会社で孤立していたとされる。労働基準監督署は両職場での就労状況を総合的に考慮した結果、強い精神的負荷が生じていたと判断した。

 労災認定を巡っては、2020年9月施行の改正労災保険法で、複数の職場で受けたストレスを総合的に検討し、労災対象になるかを判断する新制度が導入された。労働力不足などを背景に副業が推進される中、新制度に基づく認定が明らかになるのは珍しい。

 遺族や代理人弁護士によると、男性は橋梁(きょうりょう)の設計や保全を専門とする技術者だった。19年12月からは岐阜大の研究員として、アフリカで橋梁技術者を育成するプロジェクトに参加。収入を確保するため、同じ頃に航空測量大手「パスコ」(東京)に中途入社した。

 岐阜大では現地の担当者と英語でやり取りしていたが、上司の准教授から「英語の確認作業ばかり。ぜひもう少し高いレベルでの作業を」「プロジェクトが前進しない」などとメールで指導を繰り返し受けた。准教授は男性の問い合わせに返信しないこともあった。

 パスコでは非常勤顧問として自治体から受注した橋梁の点検調査を担当した。配属先に部下はおらず、仕事を一人で背負った。減給を打診されたこともあったという。

男性が生前使っていた手帳には「大学の先生を育てる」と書かれていた。長女は「父は人材育成に志を抱いていた」と話す=愛知県内で2024年11月17日午後4時17分、土田暁彦撮影

「複数の業務で心理的負荷」

 ダブルワークを続ける中で男性は21年5月、命を絶った。残されていたメモには「会社で誰も私の顔を見ません」と書かれていた。

 遺族の申請を受けて調査した名古屋北労基署(名古屋市)は両職場での就労状況を検討。岐阜大の准教授が厳しく指導し、男性の立場を尊重せずに相談にも適切に応じなかったとした。パスコでは橋梁調査全ての責任を一人で負い、適切な評価もされずに孤立を深めたと指摘した。

 これらを総合的に判断した結果、「複数の業務による心理的負荷から精神障害を発症した」と認定。24年4月に労災に当てはまると結論付けた。岐阜大とパスコはそれぞれ取材に「個人情報保護の観点から回答は控える」とした。遺族側は大学と会社に損害賠償を求める訴えを起こすことも検討している。

 政府は改正労災保険法の施行に伴い、本業と副業の労働時間を合算して残業時間を計算し、パワハラなどによる心理的ストレスも各職場の状況を総合的に考慮するとした考え方をまとめている。改正前は一つの職場ごとに検討していた。

 遺族側代理人の立野嘉英弁護士(大阪弁護士会)は「複数の職場で受けたストレスを全体的に評価して労災認定された意義は大きい。副業が推進され、ダブルワークを選ぶ人が職場にいることを踏まえ、上司らが健康状態を把握することが重要だ」と指摘する。【土田暁彦】

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・まもろうよ こころ(https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/soudan/sns/)

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