佐々さんの写真の前で作品を朗読する小笠原景子さん=岩手県釜石市で2024年12月15日午後2時7分、奥田伸一撮影
写真一覧

 「エンジェルフライト」や「エンド・オブ・ライフ」など生と死を見つめた数々の著作を発表し、9月に56歳で亡くなったノンフィクション作家、佐々涼子さんの作品朗読会が15日、岩手県釜石市で開かれた。生前「第二の故郷」と慕った書店主が今夏から準備を進めてきた催しに追悼の思いが加わった。遠くは関東からも知人やファンが訪れ、シンプルな言葉で本質を突く佐々さんの文章をかみしめた。

 「私たちは10年という長い年月を、とことん死に向き合って生きてきた。しかし、その果てにつかみとったのは死の実相ではない。見えたのは、ただ生きていくことの意味だ」

 50平方メートルほどの小さな書店に抑制の効いた音読が流れる。店内には柔らかな笑みを浮かべる生前の写真が掲げられた。店主の桑畑眞一さん(71)は目を閉じて聴き入った。

佐々さんが「第二の故郷」と慕った書店主の桑畑眞一さん=岩手県釜石市で2024年12月15日午後2時3分、奥田伸一撮影
写真一覧

 朗読されたのは、2023年11月刊行の「夜明けを待つ」に収められたエッセーなど11編で、担当したのは釜石で市民劇団「もしょこむ」を主宰する小笠原景子さん(40)。24年6月に「この本を多くの人に読んでほしい」と思った桑畑さんが、SNS(ネット交流サービス)で小笠原さんが「朗読をやりたい」と投稿したのを見つけて依頼した。佐々さんが世を去ったのは、家族が開催を承諾した後だった。

 11年3月の東日本大震災で店舗が全壊した桑畑さんは16年春、仮設店舗を訪れた佐々さんと初めて対面した。17年9月に移転・再建したばかりだった現店舗が大雨で浸水した際は、佐々さんが軍手持参で片付けに訪れた。

 闘病中の23年10月には「死ぬまでにやりたい20のこと」の一つに桑畑書店訪問を挙げ、トークイベントが開かれた。その席で佐々さんは桑畑さんに「雨の日も風の日も本を届ける仕事をされている。作家としてありがたい」と敬意を表した。

 会が始まって1時間余りが過ぎ「あとがき」に入った。佐々さんが自身の病である悪性脳腫瘍の「グリオーマ」に触れた部分だ。

 「グリオーマは、その数の少なさから希少がん、とよばれている」「希少は、私には希望に見えてくる」「いつか私にも、希望の本当の意味がわかる日が来るだろうか」

「第二の故郷」と慕った桑畑書店でトークイベントに臨んだ生前の佐々涼子さん=岩手県釜石市で2023年10月22日午後1時15分、奥田伸一撮影
写真一覧

 そして「長生きして幸せ、短いから不幸せといった安易な考え方をやめて、寿命の長短を超えた『何か』であってほしい」「そして遺(のこ)された人たちには、その限りある幸せを思う存分、かみしめてほしいのだ」と結んだ。小笠原さんが読み終えると、静かに散会した。

 参加者の中には遠来の客もいた。茨城県古河市の尾花祥恵さん(46)は、佐々さんと15年余り前に文章講座で席を並べた仲。桑畑書店にも足を運んだことがあり、小笠原さんの劇団の舞台も観劇した。「本当に普通のお姉さん」と佐々さんを評し、「作品は生きることの尊さを伝えた。文章にはさまざまな人への気配りが感じられた」と語った。

 東京都武蔵野市の高橋秀和さん(48)は佐々さんの作品を再読していた3日前、その死を知った。更にウェブ検索したところ、この日の催しを知って駆け付けた。「朗読が素晴らしく、作品の良さを際立たせた。平易な文章で情景を描き出す作品を聞きながら、言葉の力を再確認した」と感慨深げだった。

 一人で読み通した小笠原さんは「死について私たちが知りたいと思うことを、作品を通じて突き詰めようとしていたと感じた」と振り返った。朗読を聞きながら時折涙を見せた桑畑さんは「佐々さんに『今を生きろ』と言われているような気がした」と短く口にした。【奥田伸一】

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。