国内では、柏島のほか奄美大島以南の南西諸島で暮らす希少なハナヒゲウツボ。正面顔はサカナに見えない=高知県大月町で、三村政司撮影

 5月の大型連休を過ぎると、私のお気に入りのダイビングエリアのひとつ、高知県大月町の柏島でも海水温度が上昇します。ダイビングスーツを、極寒でも対応可能な「ドライスーツ」から、軽量で動きやすい「ウエットスーツ」に衣替えするタイミングです。

 でもこの判断、温度計の数字だけでは意外に難しい。潮などのタイミング次第で「まだ寒かった」となることも少なくないからです。陸上でも同じですね。そこで、私が目安にしているのは温度計の数字ではなく、今回紹介する「ハナヒゲウツボ」の行動です。

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 ハナヒゲウツボは水温の低い冬季、砂底の穴や岩の隙間(すきま)を巣にして引きこもっています。春になり、穴から出てエサを狙い始める時の水温が20度前後。130センチにもなる細長い胴体の上半身が、するすると出てきます。

 でも、20度は一般的な日本人ダイバーにとって、ぬるい冷たいを感じる境界温度です。空気の25倍も体温を奪われやすい水中では、ほんの少しの差で、体感温度が大きく変わります。そこで、実際の寒暖を彼らに判断してもらうのです。元気よく穴の外に出ていれば、ウエットスーツでも寒くない、出方が悪ければ、まだドライスーツというふうに。海のことは海の生き物に聞くのが一番です。

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 ハナヒゲウツボは顔つきも特徴的。色合いは異なるものの、ノルウェー出身の画家ムンクの代表作「叫び」のようなおどろおどろしい表情です。あるいは、あきれ果てて開いた口が塞がらないといったご様子。サカナの顔には見えません。半身を穴から出し、常にゆらゆら揺れながらエサを待っています。

 青色と黄色の体色はとても鮮やかで美しい。「海のギャング」と呼ばれ、地味な体色が一般的なウツボの仲間の中では、まさに「異色」の存在です。

 目の上にある黄色いひらひらしたものは鼻です。この鼻が特徴的なので、名前が「ハナヒゲウツボ」になりました。管状に伸びた鼻孔をヒゲに見立て、さらにその先端が花びら状に開いているのです。何のためにこんな形になったのかは、わかっていません。

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 飼育下で20~25年、自然環境だと十数年生きるとされ、成長につれ体色が変わります。幼魚のころは真っ黒で全長も短く、海底に突き刺さった木の枝のよう。成熟するとこの写真のハナヒゲウツボのように青くなり、さらに生後約10年を超えると全身が黄色くなります。

 青色はオス、黄色はメス、というのが通説です。ハナヒゲウツボ自体を見ることが難しいのに、黄色い個体はさらに珍しい。黄化すると寿命が残されていず、産卵後間もなく死んでしまうため、観察できる機会も少ないとされます。

 ただ、同じ穴から「青色」2匹が顔を出していたという報告もあり、雌雄ペアの可能性が指摘されています。必ずしも性成熟と体色は一致しないのかもしれません。(高知県大月町で撮影)【三村政司】

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