実はシリコンバレーで一番の野心家とも言われるサム・アルトマン JIM WILSONーTHE NEW YORK TIMESーREDUX/AFLO

<生い立ち、家族との確執、頭の中......。素顔を追って見えてきたサム・アルトマンの二面性>

昨年春のある日、オープンAIのサム・アルトマンCEO(38)は、シリコンバレーで絶大な人気を誇る瞑想指導者で僧侶のジャック・コーンフィールドと一緒に、サンフランシスコでイベントに登壇していた。叡智と最先端のテクノロジーの融合を目指す「ウィズダム2.0」という比較的地味なイベントだ。

アルトマンが顔を出すには場違いにも思える。司会者もそう感じたようだ。「どうして今日はここへ?」

「うん、まあ、そのー。今日の話題に興味があるのは間違いない」と、アルトマンは言った。この日の建前上のテーマは、マインドフルネスとAI(人工知能)だ。「でも、あのー、ジャックと出会えたことは、私にとって人生の大きな喜びの1つだ。ジャックと時間を過ごせるなら、どんな話題でも喜んで参加するよ」

このイベントの真の目的が見えてきたのは、コーンフィールドが挨拶の言葉を述べたときだった。「私の経験から言うと、サムは......奉仕型のリーダーという性格が強い」

そう、この日のコーンフィールドの役割は、アルトマンの人柄にお墨付きを与えることだった。いま多くの人の頭の中にある問いに答えようというわけだ。それは、アルトマンをどれくらい安全な人物だと思っていいのか、という問いである。

グレーのワッフル生地のヘンリーネックシャツを着た、このまだ若い男性は、AIが世界にどのような影響を及ぼすかを左右する存在に見える。それだけに、この問いはひときわ重要な意味を持つ。

コーンフィールドによれば、2人は数年来の知り合いで、一緒に瞑想をし、どうすれば「全ての生命への配慮」などの価値を生み出せるのかを語り合ってきたとのことだった。

コーンフィールドが話す間、アルトマンは足を組まず、背筋をピンと伸ばし、辛抱強そうな表情をつくって座っていた(もっとも、その表情を見る限り、本来あまり辛抱強い人物でないことは明らかだった)。

アルトマンは、人々がAIを恐れていることをよく分かっている。というよりも、恐れるべきだと思っている。そこで自分には、AIに関して人々の疑問に答える道徳上の義務があると考えているのだ。

なかなか見えない人物像

本人があちこちで披露している自己分析を総合すると、アルトマンは頭はいいが天才とまでは言えず、思い上がりを抱きやすく、やや型破りな面を持った「ITエリート男性」ということになりそうだ。

位置情報共有サービスの「ループト」を立ち上げて間もない22歳のアルトマン SHERRY TESLERーTHE NEW YORK TIMES/AFLO

好ましい面としては、「妄想に近いレベルの強烈な自信」を持っていて、「長い目で見たテクノロジーと社会の変化を見通す能力にたけて」いる。そして、ユダヤ系として自分は楽天主義者であると同時に、最悪の事態も想定している。ほかの人間の考えていることに影響を受けないので、リスク評価が極めて得意だという。

しかし、AIのリーダーとしては情緒面でも属性面でも自分は適任とは言えないという。「(その役割を)もっと楽しめる人がいるはず。もっとカリスマ性がある人もいるはず」だと、以前出演したポッドキャストの番組で語っている。自分が「大半の人の生活の現実を知らない」ことも自覚している。

サンフランシスコのイベントの司会者が尋ねた──自身が開発しようとしているAIに、どのようにして価値観を持たせるつもりなのか。

1つの方法は、「人類社会の知恵をできるだけ多く結集させて」グローバルなコンセンサスを育むことだと、アルトマンは言った。「どのような価値観を持たせるべきか、絶対にさせるべきでないことは何か」をみんなで決めようというわけだ。

この言葉に聴衆が静かになった。

あるいは、「『あるべき価値観はどのようなものか、それをどのようにシステムに実行させればいいか』をジャックに10ページほどの文章にまとめてもらってもいい」とのことだった。

聴衆は一層静まり返った。

アルトマンは、自身が主導する革命が「ありきたりのテクノロジーの革命より大がかり」になると確信している。その一方で、テック起業家たちと接してきた経験を通じて、「『今度は本当にすごいぞ』といった類いの発言がいかに人をうんざりさせるかもよく知っている」と言う。

それでも、何らかの革命が起きることは確実だと思っている。少なくともAIは、政治、労働、人権、監視、経済的不平等、軍事、教育の在り方を根本から変えるだろう。

そうだとすれば、アルトマンという人間が何者かは、私たち全員の大きな関心事にならざるを得ない。

しかし、それを読み解くことは難しい。この人物は、どれくらい信用できる人間なのか。そして、人々の抱く不安にどれくらい配慮するつもりがあるのか。

人々の不安を和らげるために出席したイベントの壇上ですら、その点はあやふやだ。できるだけ革命のペースを落とそうと努力すると語る一方で、その革命は問題ないと思うとも述べた。たぶん問題ない、と。

こんな言葉もあった。「あなたに嘘をついて『それを完全にストップさせることはできます』と言うこともできる。でも......」

話は途中で終わってしまった。そこで私は8月のある日、続きを聞くために、サンフランシスコのブライアント・ストリートにあるオープンAIのオフィスを訪ねた。

チャットGPTを驚異的な成功に導いたオープンAI幹部の面々。(左から)ミラ・ムラティCTO(最高技術責任者)、アルトマンCEO、グレッグ・ブロックマン社長、イリヤ・サツキバー主任科学者(23年3月撮影) JIM WILSONーTHE NEW YORK TIMESーREDUX/AFLO

直接対面すると、アルトマンは予想以上に人当たりがよく、真摯で、穏やかで、間の抜けたところがある──要するに、ごく普通の人に見えた。髪には白いものが交ざっていて、おなじみのグレーのヘンリーネックシャツを着ていた。

その夏、アルトマンは数え切れないほどの取材を受けてきたに違いない。まず私は、インタビューに応じてくれたことに礼を述べた。

「いえいえ、大歓迎です」と、アルトマンはほほ笑んだ。

コーンフィールドとのイベントは成功だったのだろうか。「あの後、話しかけてきた人がいて、『AIの価値観をオープンAIが決めることに不安を抱いていたが、君が決めるのではないと分かった』と言われた。それで『よかった』と答えると、『違うんだ。むしろもっと心配になってきた』と相手は言う。『だって、AIの価値観を世間に決めさせるんだろう? それは嫌だ』とね」

イメージを裏切る権力志向

自分が価値観について語るなんて理不尽だと、アルトマンも感じていた。「逆の立場だったら、『なんでこんなクソッタレな連中が私に関係があることを決めるんだ』と思っただろう」と、16年に雑誌のインタビューに答えている。

あれから7年。メディア対応の経験をたっぷり積んだアルトマンは、ずっと上品な口調になっている。「オープンAIのようなものは政府のプロジェクトであるべきだという考えに、大いに共感を覚える」

ソフトな好青年のイメージは、強烈な権力志向と一致しにくい。アルトマンの友人は、「私はシリコンバレーに2万人の知り合いがいるが、(アルトマンは)まともな人間の中で一番野心的だ」と語った。

だが、自身の生い立ちを語るアルトマンは、やはり控えめだった。「中西部のユダヤ系家庭に育った。子供の時はぎこちなかった。それが今は......」と、一息置いて続けた。「テクノロジーの歴史で最も重要なプロジェクトの1つを動かしている。自分でも思いもしなかったことだ」

アルトマンは4人きょうだいの長男としてシカゴに生まれ、ミズーリ州セントルイス郊外で育った。2歳下の弟マックスと4歳下の弟ジャック、9歳下の妹アニーがいる。

中西部のユダヤ系中流家庭で育った人でないと、そのような境遇がいかに息子に強烈な自信を植え付けるか想像するのは難しいかもしれない。「両親(皮膚科医の母コニー・ギブスティンと不動産ブローカーの父ジェリー・アルトマン)は私を愛していること、そして私には無限の可能性があることを確信させてくれた」と、弟のジャックは語る。そういう子供は兵器級ともいえる強烈な自信を持つようになる。そしてそれは、心臓にもう1つ弁が付いたかのような強力な働きをする。

アルトマンは天才少年だったと、よく言われる。地元紙セントルイス・ポスト・ディスパッチは、「頭の切れる若者だらけのテクノロジー界に現れた彗星」と書いている。3歳で自宅のビデオデッキを直した。8歳の誕生日プレゼントに、両親からマッキントッシュLC IIをもらった。「コンピューターを持つ前と後で人生ががらりと変わった」と、アルトマンは振り返る。

一家は毎晩、全員で夕食を取ることにしていた。そこで子供たちはよく「平方根ゲーム」をした。誰かが大きな数字を言うと、きょうだいがその平方根を言って、アニーが電卓で誰が正解か調べるというものだ。一家は卓球やビリヤードや、ボードゲームもしたが、いつも誰が勝つか分かっていた。アルトマンは「僕が勝たなくちゃいけない。全部僕が仕切るんだ」という様子だったと、ジャックは振り返る。

アルトマンはゲイで、高校生の時にカミングアウトした。「中性的でオタクっぽいだけ」だと思っていた母親は驚いたという。だが、通っていた私立高校は「ゲイであることを進んで明かすような雰囲気ではなかった」と、アルトマンは語る。

17歳の時、学校が国際カミングアウトデーの講演会を開いたところ、一部の生徒から反対の声が上がった。そこでアルトマンは生徒会でスピーチをさせてもらうことにし、「あなたがオープンな社会に寛容であろうとなかろうと、(受け入れるしか)選択肢はないのだ」と断言した。

03年、シリコンバレーがインターネットバブルの崩壊から立ち直り始めた頃、アルトマンはスタンフォード大学に入学した。この年、起業家として知られるリード・ホフマンがリンクトインを立ち上げた。04年には、マーク・ザッカーバーグがフェイスブック(現メタ)を設立。こうしてアルトマンも、起業家を目指すことにした。

大学2年生の時、スマートフォンのGPSで友達のリアルタイム位置情報が分かるアプリ「ループト」を立ち上げた。そしてスタートアップを育成・投資するYコンビネーター(YC)のサマーキャンプに参加した。6000ドルの資金を得て、同じような志の仲間と切磋琢磨したが、ループトはあまり広がらなかった。

ビル・ゲイツと並ぶ天才?

「よくいる頭のいい若者という感じだった」と、ホフマンは振り返る。ループトはシリコンバレーで指折りの有力ベンチャーキャピタルであるセコイア・キャピタルからも500万ドルを調達したが、伸び悩み、アルトマンは12年に売却を決めた。売却金額は4340万ドルだった。

YCの共同創業者ポール・グレアム DAVID PAUL MORRISーBLOOMBERG/GETTY IMAGES

「失敗は常に嫌なものだが、自分の実力を証明したいときの失敗は本当に嫌だ」と、アルトマンは語る。それでも彼は手持ちの500万ドルに、起業家で投資家のピーター・ティールから得た資金を合わせて、自分のベンチャーキャピタルを立ち上げた。

さらにアルトマンは1年間休みを取り、本を読みあさり、旅行をし、ゲームをして充電した。アシュラム(ヒンドゥー教の修練場)にも行った。「それで人生が変わった」と彼は言う。「今も不安やストレスは多いけど、とてもリラックスしてハッピーに感じられるようになった」

14年、YCの共同創業者であるポール・グレアムがアルトマンをYCの代表に抜擢した。以前からアルトマンを「過去30年間で最も興味深い起業家5人」の1人と評していた。「マイクロソフトを立ち上げた時のビル・ゲイツのように、生まれながらに優秀で自信に満ちている」

アルトマンがYCのトップを務めていた頃、新興企業からの出資依頼は年に約4000件に上っていた。実際に会って話を聞いたのは、そのうち1000件。出資に至るのは200~300件程度で、新興企業は自社株の7%と引き換えに、12万5000ドルほどの資金とメンターによる指導と人脈づくりの支援を受けた。ベンチャーキャピタルの世界では、仕事時間は短く抑えヨットの上から電話をかけるような優雅な働き方をする人もいるが、YCの運営は「1年の半分はキャンプカウンセラーをやっているようなもの」だった。

当時、アルトマンはサンフランシスコの2軒の持ち家のいずれかで、きょうだいたちと暮らしていた。彼は野心や物事を大きな視点から考えることの重要さを説いた。よく知っている人たちの中から人材を起用すべきだし、他人の考えを気にしすぎてはならないというのも持論だった。「肝心なのは、世界を自分の思いどおりにすることは驚くほど高確率で可能だということだ。たいていの人は挑戦しようともしないけれど」と、彼はブログに書いている。

「効果的な利他主義」を信奉

この頃には、アルトマンの生活もかなり華やかなものになっていた。彼は大金持ちになり、超音速機の開発といった少年の夢のような製品に投資した。何か起きたときに避難するための家を買い、銃と金の延べ棒をストックした。自前のマクラーレンで自動車レースに出たこともある。

イーロン・マスクはオープンAIの創業メンバーだが、舵取りをアルトマンに任せて手を引いた。「帝国主義的なアプローチ」と巨大な野心がアルトマンと共通する DAVID PAUL MORRISーBLOOMBERG/GETTY IMAGES

彼はまた「効果的な利他主義(EA)」という、テクノロジー業界のエリートが好む実利主義的哲学の信奉者だった。EAにおいては「EAの信奉者こそが最もうまいカネの使い方を知っている」という考え方に基づき、ほぼあらゆる手段を用いて多額のカネを儲けることが正当化された。そのイデオロギーは、現在よりも未来を優先し、いつか人類と機械が融合し、AIが人類を超えるシンギュラリティー(技術的特異点)に達すると夢想するものだった。

15年、こうした思想的枠組みから、アルトマンはイーロン・マスクら5人と共に非営利組織としてのオープンAIの共同創業者となった。「あらゆるやり方で人間のように考えることができ、そのことを人類の最大の利益のために使うことのできるコンピューター」を作ることが、組織の使命として掲げられた。その根っこには、たちの悪い人間たちがたちの悪いAIを作る前に「善き」AIを作り、この分野を独占してしまおう、という考えがあった。

さらにオープンAIはEAの価値観に基づき、研究成果をオープンソース化すると公約した。同じような価値観を持つ第三者が先にAGI(汎用人工知能)の創出に近づいた場合には、そのプロジェクトを支援するともしていた。

数年間、アルトマンはYCの仕事も並行して続けていた。支援している新興企業の創業者たちに毎日、メッセージや電子メールを山と送り、返事が来るまでどのくらいかかるかチェックしていた。本人のブログによれば、「偉大な創業者と並の創業者の大きな違い」は応答時間に表れるという信念があったからだ。

18年初めにマスクは、オープンAIがグーグルに後れを取りつつあると主張し、自分が主導権を握ろうとした。だがマスクは2月にオープンAIを去り、その後、アルトマンがトップに立った。

アルトマンの下で19年春、オープンAIは営利企業の子会社を設立した。AI開発には非常にカネがかかるので、アルトマンには資金が必要だった。夏までに、彼はマイクロソフトから10億ドルの出資を受けた。当初掲げていた「人類の最大の利益」を目指すという使命からそれてしまったことにショックを受けて、社を去った従業員もいた。だが、路線変更に怒る人はむしろ少数派だった。

AIから生じた問題の解決へ

アルトマンは新会社の株式を持とうとしなかったし、当初、出資者に対する最高利回りは100倍に抑えられていた。これについては表面を取り繕っているだけだと感じた人が多かった。だが、アルトマンの友人は言う。「もし(民主党の)エリザベス・ウォーレン上院議員がやって来て『オープンAIを利益志向に変えた悪しきテクノロジー業界人め』と言ったとしても、テクノロジー業界の人間には全く響かないだろう」

アルトマンは21年3月、「ムーアの法則をあらゆるものに」と題する論文を発表した。冒頭で彼は「オープンAIで働くなかで、私は日々、来る社会経済的変化の大きさを実感している。公共政策が適切に対応できなければ、大半の人々の暮らしは今より悪くなるだろう」と述べた。

ムーアの法則とは「半導体の集積度は2年でほぼ倍増し、価格は半分になる」というものだ。アルトマンが言うようにこの法則をあらゆるものに適用できれば、「何十年にもわたって住宅や教育、衣服などあらゆるものの価格が2年ごとに半分になる」というわけだ。

アルトマンはコロナ禍の初め頃、イスラエル軍のガスマスクを着用していた。カリフォルニア州ナパにある農場を購入したり(アルトマンはベジタリアンだが、オーストラリア出身のプログラマーであり今年1月に結婚したパートナーは「牛好き」だそうだ)、サンフランシスコの高級住宅街に2700万ドルで家を購入したりした。

有名人の友人も増えた。デザイナーのダイアン・フォン・ファステンバーグは21年に、彼のことをこう語っている。「つい最近できたばかりの、とてもとても親しい友達の1人。サムに会うのはアインシュタインに会うみたいな感じ」

オープンAIがGPTソフトウエアの利用権を企業に向けて売り始めるなか、アルトマンはAIによって変容する世界の到来に向け、いくつものサイドプロジェクトを練っていた。核融合発電の実用化を目指す新興企業ヘリオン・エナジーには、3億7500万ドルを投資した。可能性は高くないがヘリオンが実用化に成功すれば、アルトマンは世界で最も安価なエネルギー源の1つを支配できるようになる。人間の健康寿命を10年延ばすことを目標とするバイオテック企業レトロバイオサイエンスには、1億8000万ドルを投じた。

生体認証装置を使って世界中で人間の瞳の虹彩をスキャンするプロジェクト、ワールドコインを立ち上げ、1億1500万ドルを投資した。スキャンに応じた人の虹彩データは暗号資産(仮想通貨)ウォレットにひも付けされ、見返りに60ドル相当の仮想通貨が振り込まれる。

このプロジェクトは、AIから生じた2つの問題の解決につながる。人間とAIの境界線は今後ますます曖昧になるが、その判別が可能になる。オープンAIのような企業が吸い上げた資本の一部を人々に還元するのにも役立つ。

アルトマンのポートフォリオは、技術系ライターのジェイサン・サダウスキーによれば「都市国家を1つ築いて支配する」だけで満足しているらしいザッカーバーグとは違う。

むしろマスクのような野心家、「帝国主義的なアプローチ」を取る男のポートフォリオだ。「(アルトマンは)自分を世界にそびえ立つ超人、ニーチェ的な超人と見なしている」と、サダウスキーは言う。「アルトマンは人類を破滅に導く道具を作り、破滅から人類を救うだろう」

「原爆の父」に自分を重ねて

22年11月30日、オープンAIはチャットGPTを公開した。この生成AIは2カ月で1億人のユーザーを集め、テック史上最大の新製品発表となった。その2週間前にメタ(旧フェイスブック)が生成AI「ギャラクティカ」を発表したが、虚実が区別できないことを理由に3日で公開を取りやめていた。

嘘をつき、でたらめの回答を生成する現象「ハルシネーション(幻覚)」を起こすのはチャットGPTも同じだ。それでもアルトマンはこれを長所と主張し、公開に踏み切った。世界は生成AIに慣れなければならない、共に判断を下していかなければならないと考えたのだ。

「時にモラルを超越できるかどうかが、経営者や製品の成功のカギとなる」と、オープンAI創業期の元同僚は語る。「技術的には、フェイスブックはそう面白くない。ならば、なぜザッカーバーグは成功できたのか。素早く動き、モラルに縛られずに製品を作り上げたからだ」

昨年5月、アルトマンは22カ国25都市を巡る世界行脚に出ると、テック界の新しいリーダーとして自分を売り込んだ。世界の指導者たちと会談し、欧州委員会のウルズラ・フォンデアライエン委員長と記念撮影した。優雅に立つフォンデアライエンの横でアルトマンはズボンの前ポケットをスマホで膨らませ、緑の瞳は疲労とストレスホルモンの影響でぎょろついていた。

帰国後の6月下旬から8月半ばにかけては、頻繁にX(旧ツイッター)に投稿した。彼を理解したいなら、ツイートはヒントの宝庫だ。

「今晩見るべき映画は『バービー』、それとも『オッペンハイマー』?」とアルトマンは問いかけ、アンケートを取った。17%対83%で『バービー』が敗れると、「了解。なら『オッペンハイマー』だ」と、投稿した。

そして翌朝「『オッペンハイマー』は、それを見た子供がこぞって物理学者になりたがるような映画だと期待していたのに、全然違った」と、失望をあらわにした。

アルトマンの言動に注意を払ってきた人々は、この反応に戸惑うだろう。彼は以前から原爆の生みの親ロバート・オッペンハイマーに、自分をなぞらえている。誕生日が一緒だと述べ、オッペンハイマーの発言を踏まえる形で「テクノロジーが生まれるのはそれが可能だからだ」とニューヨーク・タイムズ紙のケイド・メッツ記者に語ったこともある。

ならばクリストファー・ノーラン監督による伝記映画がオッペンハイマーを手放しで礼賛する内容でなくても、驚かなかったはずだ。

オッペンハイマーは原爆の開発計画を率いたことへの恥の意識や後悔と闘いながら、後半生を過ごした。初の原爆実験に立ち会った際はヒンドゥー教の聖典『バガバッド・ギーター(神の詩)』の一節「私は死となり、世界の破壊者となった」が頭をよぎったと、後に振り返った(この一節は映画に2度登場する)。

アルトマンは各国を回ってAIがもたらす人類存続の危機について議論し、IAEA(国際原子力機関)のような監視機関の必要性を訴えながら、終始自分をオッペンハイマーに重ねていた。

昨年の夏から秋にかけ、オープンAIは著作権で保護された作品を勝手にAIの学習データセットに使い、儲けているとの批判にさらされた。作品を許諾なしに使用された作家のマイケル・シェイボンは、集団訴訟を起こした。米連邦取引委員会(FTC)はオープンAIが消費者保護関連の法律に違反している疑いがあるとして、調査を開始した。

そもそも純粋な創造性など存在しないと、アルトマンは反論した。作家もイラストレーターも生成AIと同じで、既存のアイデアを再利用し編集し直しているだけだと述べた。

こうした社会の力関係は、家庭にも反映される。そして力の格差は家族のメンバーを傷つけ、時に爆発を起こす。

アルトマン家も例外ではない。18年に父ジェリーが心臓発作で死亡した際、訃報では「サム、マックス、ジャック(その妻ジュリア)、アニーの父・義父」と紹介された。だが一見したところ、サムの人生に妹アニーは存在しない。

アニーは世界の苦しみに敏感で、6歳になる頃には自殺という単語も知らないのに死を考えていた。名門タフツ大学を7学期で卒業したほどの秀才だが、重度の鬱を患い、生きる望みを芸術活動に託した。

昨年夏、私がハワイのマウイ島にアニーを訪ねると、彼女はビジネス一家で育った繊細で芸術家肌の人間、傷ついているのを家族に分かってもらえない人間特有のそぶりを見せた。長い黒髪を編み、低く、抑えた、熱のこもった声で、父親が死んだときのことを語った。両親は既に離婚、父親は金が必要で働き続けていた。父親が死んでアニーは参ってしまった。身も心も打ち砕かれた。彼女はずっと家族の痛みを吸い取ってきて、もう限界だった。

妹との溝は深まるばかり

サムは妹に経済的援助を申し出ていたが、途中で言うのをやめた。2人が交わしたメールやメッセージを見ればサムの愛情(と優位)は明白だ。サムは妹を励まして自立させたい、妹が不快感を理由に精神科医の指導の下で服用を中止した抗鬱剤の服用を再開させたいと思っている。

父親の死後初めての感謝祭で、兄たちは皆、アニーのポッドキャスト番組に出ることに同意した。アニーが取り上げたかったテーマは心理学でいう「投影」(自分の感情などを他者に転嫁すること)だ。兄たちはフィードバックという概念、特にフィードバックを成功させる秘訣という方向へ話を持っていった。

アニーは番組を公開し、兄たち、特にサムにシェアしてほしいと頼んだ。サムは弟たちのキャリアに貢献していた(ジャックが創業したスタートアップ「ラティス」はYCの起業支援を受けた)。「『リンクをツイートするだけでいいの。そうしてくれたら助かる。自分が出演した妹のポッドキャストをシェアしたくないの?』って言った」。だが「ジャックとサムは、そういうことは自分たちのビジネスには合わないって」。

アニーはアキレス腱を負傷して薬局の仕事を辞めた。けがはなかなか治らず、サムと母親に金銭的援助を求めたが断られた。「ちょうど初めてパパ活サイトに出た頃。私は途方に暮れ、自暴自棄になり、混乱して悲しみに打ちのめされていた」

サムはずっとアニーの大好きな兄だった。寝るときにサムが本を読んでくれると、彼女は自分が理解され、愛されていると感じ、とても誇らしかったものだ。それなのに「なぜ私を助けてくれないの? 彼らには大して負担にならないのに」。

20年5月、彼女はハワイ島に転居。農場に居候して仕事を手伝うようになって間もなく、サムから父親の遺灰で作ったメモリアルダイヤモンドを送りたいから住所を教えてくれとメールが来た。「1つ5000ドルかけて、パパじゃなく自分の思い付きでそんなものを作って、それを私に送りたいだなんて。食費として300ドル送ってくれたらいいのに」

その後、サムとは疎遠に。サムから家を買ってやると言われたが、アニーは支配されたくない。彼女はこの3年間「現実とバーチャルの両方で」売春をして自活しているという。性的コンテンツの有料投稿が多い会員制SNS「オンリーファンズ」でポルノを公開。一方、インスタグラムストーリーズに相互扶助について投稿し、資金援助を必要とする人々と資金がある人々を結び付けようとしている。

サムとアニーは光と影だ。サムと交流のある人物によれば、彼は世界初のトリリオネア(1兆ドル長者)になると冗談を言ったらしい。盗んだデータとデイジーチェーン接続(数珠つなぎ)したGPU(グラフィック処理装置)を使って人間の知能を複製し超越するソフトウエアを構築しようと熱心に取り組んでいる。

「AIはきれいごとじゃない」

昨年6月22日、アルトマンはタキシードに身を包んで、パートナーのオリバー・マルヘリンとホワイトハウスの公式晩餐会に出席した。

彼は90年代のタイムトラベル映画の登場人物を思わせた。絶大な影響力の持ち主にしては小柄で若かった。それでも彼はおおむねうまくやっていた。アルトマンのCEO就任以来、オープンAIはNPOっぽさが薄れたばかりか、以前ほどオープンではなくなった。トレーニングデータとソースコードを公開して自社の技術の大半を誰でも分析・拡大できるようにしなくなった。「人類の最大利益のため」に働くのをやめたのだ。

「AIのリーダー」は世界中で引っ張りだこだ。昨年はインドのモディ首相を招いたホワイトハウスの晩餐会にパートナーのオリバーと出席 JULIA NIKHINSONーREUTERS

だが、彼を止める方法などあるだろうか。アルトマンは「世界ツアー」の途中、ドイツのミュンヘンで会場を埋め尽くす聴衆に、オープンAIが次世代の大規模言語モデル(LLM)であるGPT-5を公開当初からオープンソースにすることを望むかと問いかけた。

聴衆の「イエス」という返事が会場に響き渡った。アルトマンは言った。「うわ......。まあ落ち着いて。当社は絶対にそうすることはないけど、そういう意見があるのを知るのは興味深い」

昨年8月、アルトマンはオフィスで相変わらず持論を展開していた。私は彼にそれまでの24時間にしたことを尋ねた。「昨日は、仕事ではAIを人間の価値観に合わせることができるかどうかを考えた。それについては技術的にはかなり進歩してきた。それ以上に難しいのは誰の価値観に合わせるかだ」

サンフランシスコの市長との昼食会にも出席、98ページに及ぶ課題リストの削減に取り組み、ジムでウエートリフティング。新入社員を歓迎し、弟たちやオリバーと夕食を共にし、午後8時45分に就寝。

彼という人間はつかみどころがない。善人の中に帝国主義者が潜む。宝物は祖父の形見のメズーザー(ユダヤ人のお守り)。大家族が好きで近い将来オリバーと子供を持ちたい。時々大笑いして床に倒れ込む......。

「どうしたら自分たちが作るものに人々の意思を反映できるか考えている」とアルトマン。「AIはいいことずくめのきれいごとじゃない。損失があり、それを回避しようとするのは至極当然だ。みんな自分が損をする話は聞きたがらない」

世間のイメージは自分の「一面にすぎない」と、彼は言った。

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