東京大学特別教授の山中俊治氏は、Suica自動改札機など幅広い工業製品のデザインを手がけながら、科学者との協働によって様々なプロトタイプを開発してきた。こうしたプロトタイプは、製品化する前の単なる試作品ではない。最先端の科学にデザインでかたちを与え、未来のビジョンを世の中に提示するものだ。科学者と一緒に描き出した未来は、SF作品のように想像力をかきたて、科学と社会の関係を考えるきっかけになる。

山中氏が語る未来は知的好奇心と美的感覚から紡ぎ出されたものだ。最先端の科学が生み出す新しい価値を探り続けている(写真:的野弘路)

山中氏が展覧会ディレクターを務める企画展「未来のかけら: 科学とデザインの実験室」(東京・六本木の21_21 DESIGN SIGHTで開催中)には、科学者とデザイナーのコラボレーションで生まれたプロトタイプが並ぶ。科学がデザインと出合うと、世界はどう変わるのか。洗練されたデザインに触れたとき、そして自然界に隠されたシンプルな法則を理解したとき、なぜ人間は美しいと感じるのだろうか。そもそも「美しさ」とは何か。科学とデザインの接点について山中氏に聞いた。

――開発したプロトタイプには、どのようなメッセージを込めましたか。

「企業向けに工業製品をデザインする仕事のかたわら、科学者と一緒に最先端の科学を使って世界に1つのプロトタイプを作り、世の中に発信する活動を2000年頃から始めました。大学の研究室を訪れて科学者に話を聞いていると、最先端の科学が行き先を欲しがっているように感じます。私たちはトレジャーハンティングと呼んでいますが、本当に宝探しのような感覚があります。どれも研究の端緒についたばかりで、どうなるかわからないものがたくさん並んでいるような状況です」

「最先端の科学にかたちを与えてプロトタイプにすると、『実際にこんな未来がくるかもしれない』と感じさせてくれます。本当にそうなるかはわかりません。だから今回の企画展のタイトルも『未来の予測』ではなく『未来のかけら』なのです。未来そのものかどうかはわかりませんが、いろいろな科学者と出会い、一緒に様々な未来を見てきました。プロトタイプを見て触って、科学はこんなにも面白く、こんなにも美しいということを感じ、未来を考えるヒントにしてほしいと思います」

「志を同じくする科学者やデザイナーの仲間も増えてきました。今回の企画展には、これまでに開発したプロトタイプに加えて、新しいコラボレーションもあります。科学者とデザイナーに『何か一緒に作りませんか』とお見合いのように声をかけるところからスタートしたり、すでに協働している人たちを招いたりして開発した最新作がいくつか並んでいます」

――コラボレーションで大切にしていることを教えてください。

「デザイナーには、研究の本質に迫るものを作りましょうと伝えています。『この研究を使えば、こういうものができます』という安易なものづくりは、役に立つものを作ることと同じになってしまいます。単に研究にかたちを与えるスタンスでは、そんなに面白くはならない。科学から何か新しい価値を見いだすためには、なぜ科学者が面白がっていて、どこにやりがいがあると感じているのか、まず共感することが大切です。科学者と深く共感した部分でものを作ることを心がけてくださいと、常に言っています」

――どのような作品が生まれましたか。

「東京大学の舘知宏さんとデザイナーの荒牧悠さんのコラボレーションは2人の『手遊び』から生まれました。最初に荒牧さんは大量の結束バンドを持ち込み、それらを組み合わせたときの発見について語り始めました。結束バンドをつないで大きな多角形を作ると、少し力を加えただけでパチンとねじれて収縮し、小さな四角形や三角形がいくつも連なった状態にまとまります。その様子を観察していた舘さんは、この現象を引き起こす『座屈不安定性』について解説してくれました。舘さんは折り紙工学や物体の変形を研究しています」

展示作品の1つ「座屈不安定性スタディ」(荒牧悠・舘知宏)。最初は大きな多角形だが,少しずつねじれて変形すると,小さな四角が連なった形になる。ポテンシャルエネルギーの山を越えて,別のエネルギー安定点に遷移する現象を体感できる(写真:的野弘路)

「大きな多角形を変形させていくと、どこかでポテンシャルエネルギーの山を越えて、別のエネルギー安定点に遷移して、小さな四角や三角が連なった形で安定します。この仕組みについて、舘さんは荒牧さんに延々と説明するわけです。様々な形を作りながら、結束バンドが偶数個と奇数個の場合では、まとまる形に違いがあるなんて話にもなります。こうして、科学者とデザイナーが科学的な現象を一緒に面白がって、何時間も話している様子を見て、このコラボレーションは成功すると確信しました。案の定、とても面白いものになりました。『座屈不安定性スタディ』という作品は、この現象を金属材料で表現しています」

――科学者とコラボレーションしようと思った理由は何でしょうか。

「純粋な知的好奇心と美的感覚ですね。まずは研究に対して『面白い!』『美しい!』と心から感じることです。もしくは、研究そのものが美しく見える瞬間があります。これは私自身の感覚ですが、学生や若いデザイナーにも同じように伝えています」

「何の役に立つのかをすぐに考えないことも重要です。科学の発展や製品の開発は、どのような社会的なインパクトがあるのか、誰に届いていくのかなどを想定して進みます。ただ、私の経験から見ていると、みんなが『そういうこともあったのか!』『これが欲しかった!』と驚くものは、科学者やデザイナーの知的好奇心と美的感覚から生まれたものが結構あります。最近ならテスラ、以前ならアップルの製品がそうでしょう。私たちはそういう作り方を大切にしています」

「ロボットは災害救助や介護に役立ちますとよく言われますが、科学者が本当にそのために研究したいと思っているとは限りません。1990年代にマサチューセッツ工科大学(MIT)教授のブルックス(Rodney Brooks)さんに偶然に出会ったとき、思い切って『ヒューマノイドロボットは本当に何かに役立てるために作っているのですか?』と聞いてみました。MITコンピューター科学・人工知能研究所の所長を務めた人物で、今では全自動掃除機『ルンバ』の生みの親としても知られています。そんな彼の答えは"Fun! Fun! Fun! That's all"でした。この言葉を今でもすごく覚えていて、科学者にとって本当の意味での研究の動機だと思っています」

(聞き手は日経サイエンス編集部 遠藤智之)

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