中国上海にある小米の大型店舗には多数の客が訪れていた

ここまでの快進撃を誰が予想しただろうか。中国スマートフォン・家電大手の小米(シャオミ)の電気自動車(EV)「SU7」のことだ。

SU7は小米にとって初のEV。3月28日に発売すると、わずか27分間で5万台、24時間で8万8898台の予約が入った。4月3日に最初の納車イベントに出席した雷軍・最高経営責任者(CEO)はすでに10万台を超える予約を受けたことを明らかにしている。

中国では昨年、中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)が中堅自動車メーカーと共同運営する「AITO(アイト)」ブランドの「M7」が発売から50日で8万台の受注を得たことが大きな話題を集めた。小米のEVはこれを大きく上回るヒットになるのは間違いなさそうだ。

中国メディアの報道によると、小米は1カ月に約5000台としていた量産体制を1万台に引き上げるために動いているという。2024年に10万台の納車を実現できれば、23年の実績との比較で、「新興御三家」と呼ばれる理想汽車の37万台や上海蔚来汽車(NIO)の16万台、小鵬汽車(シャオペン)の14万台には及ばないものの、AITOブランドの9万4380台並みとなり、一気にトップブランドの仲間入りを果たすことになる。

発売から1週間が経過した今でも、小米の販売店には数多くの人が押し寄せている。上海の店舗を訪れていた30代の男性は「性能の高さとデザインの良さに対して価格が魅力的。現在は(新興EVメーカーである)NIOのユーザーだが買い替えを検討している」と語る。

約450万円の破壊的な価格を打ち出す

鮮烈なデビューを飾った小米のEVだが、大ヒットの理由は「コスパ」の高さにある。上位車種である「MAX」は最高速度が時速265キロメートル、停止から時速100キロメートルまでの時間も2.78秒と短い。航続距離は800キロメートルで、EVの基本性能は同社がベンチマークとする米テスラの高級車種「モデルS」を上回る。

性能は高級車並みながら価格は安い。高性能が売りのMAXが29万9900元(約630万円)で、加速性能を抑えた航続距離が700キロメートルの通常車種は21万5900元(約450万円)に設定された。MAXはテスラ・モデルSの69万8900元に比べて半額以下となる。通常車種はテスラの普及車種「モデル3」の24万5900元に比べて、3万元安い。

この破壊的な価格が小米ファンの心をわしづかみにしたのは間違いないだろう。小米は10年の創業以降、スマホ分野で高性能と低価格を武器に、米アップルや韓国サムスン電子といったトップ企業のシェアを奪ってきた。今回、EVの参入に当たり、スマホと同様の戦略を打ち出すのは当然なのかもしれない。

ただ、価格設定に関しては経営トップである雷CEOも頭を悩ませていた可能性もありそうだ。

昨年12月末にSU7の車体を披露する直前、中国のSNS「微博(ウェイボ)」上に「価格は最終的に決めていないが、少し高いのは事実」と投稿。発売直前の3月25日にも微博で「50万元以内で最も格好良く、最も運転しやすく、最もスマートな車」と発信していた。一連の投稿を受けて、中国国内では30万元以上のやや高価格帯を予想する声も多かった。

現在の中国EV市場はテスラと比亜迪(BYD)の「2強」に加え、NIOなど新興メーカーも含めた100社以上がひしめき、10万元を切る低価格帯から50万元を超える高価格帯までのすべてで各社がしのぎを削る。かつて小米がスマホ市場に参入した際と比べて、中国のEV市場は競争が激しさを増している。

小米はSU7にアルミニウム合金で自動車車体を一体成型する「ギガキャスト」を採用するなど、低コスト化に向けた取り組みも進める。だが、それだけで今回の低価格を実現するのは難しいとの見方は多い。ある日系自動車大手の関係者は「赤字かどうかはわからないが、少なくとも我々では実現できない価格だ」と語る。最後発といえる立場で勝ち抜くには、コスト度外視で戦略的な価格を打ち出す必要があったと言えそうだ。

ライバル各社が小米対抗で補助金

もっとも、今回の小米による価格破壊は、中国のEVなど新エネルギー市場に大きな混乱を招き始めている。

中国では1年以上にわたり、テスラやBYDを含めて各社が値下げ合戦を繰り広げている。とりわけ、小米が発売したSU7の20万元台の価格帯には、テスラのモデル3だけではなく、BYDの「漢」、小鵬の「G9」、AITOの「M7」など、中国各社の主力車種がひしめいている。

加速性能や航続距離に対する「コスパ」では小米に軍配が上がるため、ライバル各社はさらなる値下げを余儀なくされかねない。実際、4月に入ってNIOや小鵬など複数社は、小米への対抗策として1万元規模の補助金などの優遇措置を打ち出した。

足元では中国でEVなど新エネルギー車を手掛ける自動車メーカーで黒字化を果たしたのは、BYDや理想汽車などに限られる。業界トップのBYDですら3月26日に発表した23年12月期の決算で純利益が300億元と前期比で81%増加したものの、市場予想を下回ったことで株価の急落を招いた。小米の参入は中国の新興メーカーの淘汰を加速させるかもしれない。

戦略的な価格で攻める小米も同様だ。23年末時点での現預金は1363億元とEV事業を展開する十分な資金を抱えるが、収益モデルはまだ明確になっていない。小米はすでに第2弾車種の開発を明らかにしており、どういった価格を打ち出すのかが収益力向上のカギを握るのは間違いない。

小米の雷CEOは最大の強みとして、インテリジェンス機能とエコシステム(生態系)を掲げる。スマホやスマート家電との連携や、独自の基本ソフト(OS)を生かしたサービスをいかに展開できるかも重要になってくる。

「今後15〜20年で世界トップ5の自動車ブランドとなる。中国の自動車全体の底上げに努める」と、雷CEOは意気込む。中国EVが世界進出を加速している今、その一手は中国国内にとどまらず、世界のEV業界全体にも大きな影響を与えることになりそうだ。

(日経BP上海支局長 佐伯真也)

[日経ビジネス電子版 2024年4月10日の記事を再構成]

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