「インドネシア国際モーターショー2024」に、ホンダの現地合弁会社アストラ・ホンダ・モーターは新型電動二輪のコンセプトモデルを出展した

インドネシアの首都ジャカルタで2月に開かれた「インドネシア国際モーターショー2024」は、電動化一色の様相を呈していた。ベトナムの電気自動車(EV)新興ビンファストが初出展して市場参入を表明。比亜迪(BYD)や上汽通用五菱汽車(ウーリン)をはじめとする中国EVが存在感を示すと、韓国・現代自動車も新たなEVの現地生産計画を打ち出した。

電動化の波を一層強く感じたのは二輪車の展示会場だ。インドネシア現地勢がブースを連ね、各社のスタッフが運転シートを上げて中のバッテリーを見せながら自社製品をアピールする。インドネシア政府による電動二輪購入補助金適用後の低価格を前面に打ち出すメーカーも多い。一律定額700万ルピア(約6万7000円)の補助を受けると実質的な購入費用が600万ルピアと、補助額より安い電動バイクもあって驚かされた。

インドネシアの二輪最大手であるホンダの現地合弁会社アストラ・ホンダ・モーターのブースでも人だかりができていたのは、電動二輪のコンセプトモデル「SC e: Concept(エスシー イー コンセプト)」だった。昨年のジャパンモビリティショーで世界初公開されたもので、インドネシアでは初披露だった。

四輪車以上に日本勢が強い牙城を築いてきた東南アジアの二輪車市場。中でもインドネシアは世界で3位の巨大市場を、日本勢で9割以上も占有する、まさに金城湯池。そこで圧倒的な存在感を示しているのがホンダだ。

アジアやオセアニアを統括するアジア・ホンダ・モーターによれば、インドネシアにおけるホンダ車の卸売台数は22年に約400万台に上り、ほぼ8割のシェアを占めた。だが今、このインドネシア市場で、政府が主導する形でのゲームチェンジが始まろうとしている。

政府主導の電動二輪シフト

EV電池の主原料となるニッケル。その世界最大の埋蔵量を有するのがインドネシアで、鉱石生産量も世界1位だ。政府は近年、この豊富なニッケル資源をテコに電池関連産業の育成に注力している。

掘り出したニッケル鉱石をそのまま輸出していては買いたたかれるばかり。だが、これを製錬して、電池原料にし、さらに車載電池にまで加工して輸出すれば、比べものにならないほどの付加価値が生まれる。EVの一大生産集積地になることも夢ではない──。

こんな壮大な構想を描いて、2020年1月にインドネシア政府はニッケル鉱石の輸出禁止に踏み切った。外資誘致に力を入れるとともに、国営企業4社がそれぞれ25%を出資する形で、電池関連産業振興に向けた国策会社「インドネシア・バッテリー・コーポレーション(IBC)」も設立した。

こうした流れの中で、23年3月には40%以上の現地調達率を条件にした電動二輪の購入補助金が導入された。今、インドネシアでは電動二輪メーカーが次々と立ち上がっている。IBC傘下で国営企業系のGesits(グシッツ)に、スタートアップ系のSmoot(スムート)。プレーヤーの出自は多彩で、その数は40に上るとされる。それが冒頭のモーターショーでの光景につながっているわけだ。その一方でユーザーの反応は意外にも冷ややかだ。

インドネシア産業省によると、22年には1万7198台だった電動二輪の登録台数は、補助金効果もあって23年には6万2409台に急増した。だが二輪市場全体に占める割合はまだごく限られる。インドネシア二輪車製造業者協会(AISI)によれば、23年の二輪車販売台数は623万6992台で、電動車は全体の約1%に過ぎない。

購入補助金の利用も振るわない。政府は当初、23年通年で20万台分の予算を確保していたが、実際の支給は1万1532台と想定のわずか5.8%にとどまった。思わぬ低調ぶりに政府は、24年の予算を当初の60万台分から5万台分へと大幅に引き下げた。

電動化に「ホンダの足跡残す」

政府のお膳立てで国内からも多数のメーカーがそろったが、インドネシアの二輪電動化の先はまだ見通せない。この状況を前にエンジン車で盤石な今の地位を築いたホンダが選んだのは、自ら電動化への道筋を開き、電動車でも市場のリーダーであろうとする王道だ。

アストラ・ホンダ・モーターは23年末、初の電動二輪「EM1 e:(イーエムワンイー)」を市場に投入した。すでに日本や欧州で発売しているモデルだが、東南アジアではインドネシアが初投入となった。フル充電での航続距離は約41キロメートルで、価格は4000万ルピアからだ。

インドネシアの工場で生産するイーエムワンイーは現地調達率40%以上という条件を満たし、購入補助金の対象だ。ただ、売れ筋のエンジン車「BeAT」が約1800万ルビア、同じく「Scoopy」が約2200万ルピアであることを考慮すれば、補助金適用後でも3300万ルピアという価格は割高だ。最高速度が時速45キロメートルにとどまることもあって、現時点での購入者は熱烈なホンダファンらに限られる。

それでも、アストラ・ホンダ・モーターの三石晋社長は「まずは電動化の流れの中で足跡を残すことが大切だ」と強調する。さらに「続けざまにやっていく」とも話し、年内に追加で2モデルをインドネシア市場に投入する考えだ。

エンジン車での今の地位に甘んじることなく、ライバルがひしめく電動二輪への転換でも先を走ろうと取り組み始めたホンダ。電動車の普及への壁にも正面から向き合おうとしている。

インドネシアで二輪車は庶民の単なる足というより、財産という側面が強い。個人売買が中心だという中古車市場では実際、3年落ちでも新車の8〜9割程度の価格で売買されているという。

消費者の不安を払拭

この財産性という点で十分な信頼感がないことが電動二輪の普及の妨げになっているのではないか。再販価格が見通せないため、購入をためらったり、ローンが組めなかったりするケースがあるのではないか。こう考えて、電動車の市場投入に先駆けてアストラ・ホンダ・モーターが22年に導入したのが二輪ユーザー向けのメンテナンスアプリだ。

現在660万人が利用しているこのアプリからは、修理やメンテナンスの来店予約や、最寄り販売店の検索、商品カタログの閲覧などができる。26年にはこの利用者を1500万人にまで増やし、新たな機能も加える予定だという。

追加するのは、修理やメンテナンスの記録と走行記録から、バイクの残存価値を算出する機能だ。再販価格が「見える化」されれば、電動二輪購入のハードルが下がるのではないか、と期待する。

アプリ導入はユーザー側だけでなく、アストラ・ホンダ・モーター側にとっても、電動化を巡る懸念の払拭につながる。エンジンオイルや駆動のためのベルトやチェーン、ガソリンを着火させるスパークプラグなど、エンジン車には様々な消耗部品がある。ユーザーは部品交換のためにしばしば販売店を訪問することになるが、EVになれば来店機会は激減する。

アストラ・ホンダ・モーターの販売店は、パーツだけを扱う小規模店まで含めると約8500店舗にもなる。数多くの島々からなるインドネシアの隅々にまで及ぶ販売店網はホンダの大きな財産だが、来店機会が減っては元も子もない。アプリでは、販売店での買い物や修理・保守で使えるポイントや、コンビニや飲食店で使えるクーポンを発行して来店を促していく。

メンテナンス状況を電動二輪の残存価値の根拠にできるようになれば、それも来店の動機付けになる。電動化が進んでも顧客接点を維持できるというわけだ。「顧客とのエンゲージメント(結びつき)が強くなり、プロモーションや呼び込みも簡単になった」。合弁先の現地複合企業アストラ・インターナショナルで、サービスマネジャーを務めるリアン・フベルト氏は、アプリ導入の手応えを口にする。

(写真=右:ホンダ提供)

電池の劣化や充電という電動二輪をめぐる懸念にもホンダは手を打つ。昨年12月に初投入した電動バイクには取り外しが可能な電池を採用。投入に合わせ、ジャカルタ市内にバッテリー交換ステーションを約20カ所整備した。

充電済みの電池との交換費用は8000ルピア。つまり、現在販売しているイーエムワンイーであれば、日本円で80円弱の費用で約40キロメートル走れる計算だ。さらにこのサービスを利用すれば、ユーザーは電池の劣化を気にせず電動バイクを使える。

新興プレーヤーが乱立するばかりで消費者不在の市場となっていたインドネシアの電動二輪市場。ホンダはそんな市場に、ユーザー目線を持ち込んだ。単に電動車を売り出すだけでなく、メンテナンスアプリによる健全な中古車市場の育成やバッテリー交換ステーションの整備など、大きなエコシステムを構築しようとしている。

(日経BPバンコク支局長 奥平力)

[日経ビジネス電子版 2024年4月22日の記事を再構成]

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