人里離れた世界遺産の海洋保護区でさえ、気候変動の影響は免れない。ナショナル ジオグラフィックの独占取材による新たな写真が、それをはっきりと示した。2024年、オーストラリアの海洋保護区であり、世界自然遺産にもなっているロード・ハウ島の手つかずのサンゴの多くが白化し、死滅したのだ。原因は海水温の急上昇と記録的な低潮で、折り重なる悲劇に研究者たちは打ちのめされた。
オーストラリアのシドニーから飛行機で2時間の距離にあるロード・ハウ島は、世界最南端のサンゴ礁がある海洋生物の楽園だ。「これは気候変動が海洋生態系にどれほど広範囲に影響を及ぼしているかを如実に示しています」と、オーストラリア、ニューカッスル大学のビル・レガット教授は言う。
サンゴの白化現象とは
サンゴは褐虫藻と呼ばれる微細藻類と共生関係にある動物だ。褐虫藻はサンゴの体内に生息し、すみかを提供してもらう代わりにサンゴに食べ物を与える。サンゴの美しい色は、内部にすんでいる褐虫藻の色だ。
しかし、この共生関係は非常に壊れやすい。水温がたった1度か2度上がるだけでも、サンゴは褐虫藻を排出して白くなる。
「サンゴは私たちとは違います。私たちのように医者に行けません。体温を示したり咳をしたりすることもできません。サンゴがストレスを受けると藻類を失ってしまいます。それがサンゴの白化現象です」とレガット教授は言う。
世界的な大規模白化現象が発生
2024年2月、欧州連合(EU)の気象情報機関コペルニクス気候変動サービスによると、世界の海面水温は過去最高を記録した。気候変動による温暖化の影響は、世界中の気温を急上昇させたエルニーニョ現象のせいで深刻になっていた。
この熱波のせいで、4度目の世界的な大規模白化現象が発生した。オーストラリアのグレートバリアリーフをはじめ、米フロリダ、カリブ海、南太平洋、紅海、ペルシャ湾など熱帯地方全体でサンゴ礁が白化したと米海洋大気局が発表した。
ロード・ハウ島の研究者たちはこの白化現象を予測していた。水深約1〜3メートルにあるサンゴ礁でシュノーケリングを行い、サンゴ礁調査のための白化前、白化中、白化後の基礎データを収集した。
ロード・ハウ島周辺の海面水温は冬には16℃で、夏には26℃まで上昇する。しかし、オーストラリアの直近の夏では、過去最高の29℃を記録した。
夏の気温が急上昇する直前の2024年1月下旬、サンゴ礁は本来の状態だった。「信じられないほど美しい色でした」と、オーストラリア、ニューサウスウェールズ大学の博士課程に在籍し、サンゴ礁を調査したペイジ・ソーヤーズ氏は言う。「30年ほど前のグレートバリアリーフを思い起こすほど綺麗でした」
しかし、研究チームが1カ月後に戻ってみると、サンゴ礁はまったく別の姿に変わっていた。「どの地点でも白化現象が起こっていました」とソーヤーズ氏は言う。「同じサンゴ礁とは思えませんでした」
一部のサンゴは死ぬときに、助けを求める最後の叫びのようにピンクや紫、緑色に光輝く。「まるでネオンライトを点けたかのようです」とソーヤーズ氏は言う。
褐虫藻がサンゴに戻ってこられるくらいまで水温が下がれば、サンゴは回復する可能性がある。夏が終わり、水温が低下するにつれて、状況は好転した。「白化してしまったサンゴのある種は褐虫藻を取り戻しつつありました」とソーヤーズ氏は言う。「すべてうまくいきそうでした」
「不運な出来事の連続でした」
悲劇に見舞われたのは、その時だった。2024年5月、ロード・ハウ島は極端な低潮に見舞われた。その結果、いつもの海面から深さ33〜38センチメートルぐらいまでにあるサンゴが外気にさらされ、さらに白化が進み、水を失ったサンゴが死んでしまったのだ。
「一部のサンゴのコロニーには、下がった海面の位置を示す明確な線が見られます」とソーヤーズ氏は言う。
白化の後に異常な低潮が起こったことは、「不運な出来事の連続でした」とレガット氏は言う。非常に浅いところにあるサンゴはもともと低潮にさらされるものだが、高温の海水によるストレスをすでに受けていたため、この追い打ちは致命的だった。
研究チームは白化の進み具合を確認するためにデータを分析している。幸いにもロード・ハウ島のサンゴすべてが失われたわけではない。
「一度死んでしまうと、完全に死んでしまいます。もう回復させることはできないのです」とソーヤーズ氏は言う。
サンゴ礁は回復できるのか?
冬の到来とともに、専門家たちはサンゴが色を取り戻し始める回復の兆候をすでに見ている。
しかし、レガット氏は他の人為的影響から大きく隔離されている島での最近の白化現象の状況に懸念を抱き続けている。
気候変動によって白化現象がますます深刻化し、ロード・ハウ島の貴重な生態系が脅威にさらされている。この生態系を失うことは、食料や生計を依存している人々と環境に大きな影響を与えるだろう。
サンゴ礁回復のための小規模な取り組みは、地域規模では助けになる。しかし、この問題はあまりにも広範なものであるため、小規模な介入では世界的な解決策にはならない。
「10年〜15年後にアマゾンが失われると言うなら、その解決策は今ある木を守り、アマゾンに植林することではありません」とレガット氏は言う。「大きな影響を及ぼしている気候変動を食い止めることが必要なのです」
文=Melissa Hobson/写真=Justin Gilligan/訳=杉元拓斗(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2024年7月9日公開)
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