万年雪に覆われたスイスアルプスの名峰ユングフラウとメンヒの間に「欧州で最も高い場所に位置する研究所」がある。標高3450メートルに位置する「ユングフラウヨッホ高地研究所」だ。
開設は1931年。全長20キロ以上、厚さ最大0・9キロにも及ぶアルプス山脈最大のアレッチ氷河を含む世界自然遺産「スイスアルプス・ユングフラウ・アレッチ」の中にあり、氷河の変化などを主要研究テーマとしている。
機材が整然と並ぶ実験室の中を進み、マルクス・ロイエンベルガー所長が奥のドアを開けると、目の前にはむき出しの岩肌が現れた。建設時に削った山の断面を直接観察できるようにした場所だ。取材で訪れたのは4月だったが、岩肌には絶え間なく水が伝い、足元には水たまりができていた。雪や氷が解け、しみ出してきた水だという。
「これまでよりも速いスピードで水が漏れ出ている。同じような現象がアレッチ氷河でも起きている。加速する地球温暖化の影響だ」。ロイエンベルガーさんは表情を曇らせた。
スイス国内に点在する1400もの氷河は、貴重な観光資源であると同時に、地元の住民にとっての貴重な水資源でもある。山間部の農業用水や生活用水、水力発電などに活用される。いわば、巨大な「貯水庫」だ。アレッチ氷河はスイス、フランスを流れて地中海に注ぐローヌ川などの源流でもある。
この氷河が今、消失の危機にある。スイス連邦工科大学(ETH)チューリヒ校と連邦森林降雪国土研究所の研究チームは2019年、このまま世界全体で温室効果ガスの大量排出が続いた場合、「2100年までにアレッチ氷河はほぼ完全に消滅する」というショッキングなシミュレーション結果を発表した。今後大幅な排出削減が実現しても、体積は17年よりも約6割減るという。
ETHなどのチームが22年に発表した研究成果によると、1931~2016年の85年間でスイス国内の氷河の体積は半減したと推定された。16年以降消失のスピードは加速しているという。
森林降雪国土研究所のクリストフ・ヘッグ副所長は訴える。「(将来完全に消滅するという)シミュレーション結果は大げさではない。氷河の融解は我々の予測をはるかに上回るスピードで進んでいる。今すぐ行動に移さなくては、私たちはアルプスから受けていた恩恵を失うこととなる」
国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書は、90年代以降の世界の氷河の後退は、人間活動による温暖化が原因である可能性が非常に高いと指摘する。「地球沸騰化」と呼ばれる時代。世界の氷は、急激に変化して回復不能な事態になってしまう転換点「ティッピングポイント」を迎えてしまったのだろうか。【ユングフラウヨッホで田中韻】
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