精密な科学研究の計算速度を追求したスーパーコンピューターの進化が転換点を迎えている。計算装置の高速化が鈍り、用途も高度な計算を必要としない人工知能(AI)向けが増えた。スパコンの性能は多様化し、新しい指標の候補には文章や絵画を作る生成AIを構築するデータの学習能力など複数が挙がる。一律のランキングで性能を比べるのが難しい時代に入った。

スパコンは材料開発や防災などの科学研究に使う。1990年代前半から米国の研究者らが連立一次方程式を解く速度を競うランキングを発表してきた。小数点以下の値などを高い精度で示す計算の速度を測る。まるで陸上競技の100メートル走の記録のように明快で、性能の指標として重視されてきた。

理化学研究所のスパコン「京」は事業仕分けで注目を集めた=理研提供

この指標で日本は理化学研究所の京や富岳が1位を獲得してきた。民主党政権時代の2009年に行政の無駄を点検する事業仕分けを担った蓮舫参院議員が計画中の京について「2位じゃだめなんでしょうか?」と問いただし、注目を集めた。

ランキングの開設以降、スパコンの性能は飛躍的に高まった。筑波大学の朴泰祐教授は「高い精度で計算する速度はおおむね10年間で数百倍ずつ速くなってきた」と振り返る。その原動力が計算装置の高速化だ。

CPU(中央演算処理装置)を1つのチップに多数載せる技術が1990年代に登場。2000年代後半には画像処理半導体(GPU)で計算速度を速めるスパコンが現れた。電子回路の線幅も10年代前半の10ナノ(ナノは10億分の1)メートル以上から、4ナノメートル程度まで狭まり、集積化を促した。

24年6月時点で最速の米オークリッジ国立研究所のフロンティアの計算速度は毎秒約120京回と、京の120倍に達した。世界の全人口が毎秒1回ずつ計算しても4年以上かかる内容を1秒で済ませる。

100年かけて記録を約1秒短縮した100メートル走のように、スパコンの計算速度も高速化を遂げてきた。だがその歴史にも終わりが近づく。その理由は主に2つある。

まずは計算装置の進化が鈍ったことだ。米エヌビディアが特定の種類の計算に特化したGPUを17年に発売するなど技術革新が続いたが、電子回路の微細化や集積化が限界を迎えた。朴教授は「(半導体の素子数が2年で2倍になる)ムーアの法則の限界を突破する技術が今は見当たらない」と指摘する。微細化で製造コストが上がり、計算装置を増やしにくくもなった。

高速化のペースは00〜10年には700倍を超えたが、10〜20年は200倍強にどどまった。今後の計算速度について、朴教授は「30年に1000京回の達成は難しいとみる専門家が多い」と明かす。22年にフロンティアが100京回に達した後、8年間で10倍の向上に過ぎない。

米エヌビディアのGPUとジェンスン・ファン最高経営責任者(CEO)=同社提供

2つめの理由はスパコンの用途の変化だ。東京工業大学の横田理央教授は「創薬や防災向けでAIを動かしたり、大規模な生成AIを作ったりするケースが10年代後半から増えた」と話す。

AIは計算時のノイズに強く、小数点以下の値などを詳しく示さなくても動く。例えば生成AIで文章を作るには、学習した文章の中で単語が並ぶパターンを参考に、確率的に言葉をつなげる。高精度な計算は不要だ。従来通り計算のリソースを多く使う精密な計算をする代わりに、精度を下げることで計算速度を速める手法が増えた。

スパコンの性能は今後、多様な方向に進化を遂げそうだ。100メートル走のように単一の指標で優劣を決められなくなり、1人で水泳と自転車、長距離走をこなすトライアスロンのように異なる性能を兼ね備える必要が出てきた。

そんな状況を反映してスパコンの開発で重視される性能の候補が複数登場した。筆頭格は複雑な文章や図表、絵画や音楽を作り出す高性能な生成AIを構築する性能だ。米オープンAIの「Chat(チャット)GPT」のベースになった大規模言語モデルのGPT-3を作るには大量のデータをAIに学習させる必要がある。その一部を学習する性能が指標候補に挙がる。

この性能はエヌビディアや米グーグルがつくる業界団体が提唱した。スパコンで大量のデータを学習させて生成AIが文章を作ったり人とコミュニケーションをとったりする能力を高めれば、人々の働き方が大きく変わる可能性がある。

他の有力候補はHPL-MxPで、AIを動かす用途など向けに小数点以下の値の計算などを簡略化し、計算のリソースを節約することで速めた計算速度を測る。HPL-MxPの性能でスパコンを比べると米国の「オーロラ」が1位となり、フロンティアは2位に順位を落とす。さらに横田教授は「今後新たな指標が現れる可能性も高い」と話す。

理化学研究所のスパコン「富岳」。今後はスパコンとAIの一体化が進みそうだ=理研提供

性能指標の組み合わせが定着するのはまだ先だが、AIとの一体化は進みそうだ。理研計算科学研究センターの松岡聡センター長は「素材開発など向けでスパコンが担うシミュレーションの速度をAIが加速する」と話す。計算内容をAIが予測して絞り込むなどする。生成AIなど向けで生じる計算需要をスパコンとAIが二人三脚で担う。

(草塩拓郎、桑村大)

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