2030年にありたい姿として、研究開発アウトプットの倍増と、毎年1品目の自社創製品の発売を掲げる中外製薬。研究開発部門では、次世代抗体と中分子という2つの独自創薬プラットフォームを武器にして候補品の創製に力を入れる。
現在、スイスのロシュグループ以外にライセンス供与したものも含めると、抗体医薬の候補では15品目、低分子医薬では6品目、中分子医薬では1品目の自社創製品が臨床試験を実施中だ。ロシュグループの中において、医薬品の種を創出するという研究と早期臨床開発の担い手としての役割を十分に発揮しているといって良さそうだ。
だが研究開発が順調に進めば進むほど、製造部門には課題がのし掛かってくる。特に抗体医薬は動物細胞の遺伝子を組み換えて培養タンクで培養して製造するが、臨床試験を開始する候補品がどんどん増える中で、培養タンクをどうやりくりするかは大きな課題となる。
内製で生産技術を蓄積する
何しろ抗体医薬の製造工場の整備には、「設計から稼働までに5年ぐらいかかるので、研究開発の進捗よりも先行して投資していかなければ間に合わない」と、中外製薬の執行役員である田熊晋也生産技術本部長は説明する。続けて「医薬品製造受託機関(CMO)や医薬品開発製造受託機関(CDMO)といった企業をうまく活用しながら行う方法もあるが、我々は臨床開発から商用化の初期までは開発スピードと柔軟性を確保するために内製化を原則としている」と話す。
実際、中外製薬は30年に向けた成長戦略を21年2月に発表して以降、抗体医薬の製造に関するだけでも初期の治験薬を製造する「UK4」棟、治験薬と一部商用生産にも対応する「UT3」棟、および新注射剤棟の新設や、後期から初期商用生産に対応する「UK3」棟の改良など、合計900億円近い設備投資を発表してきた。
大規模な商用生産は外部企業を活用するものの、臨床試験の段階や初期商用段階は内製することにより、開発計画の変更などに柔軟に対応できるようにしながら、生産技術を蓄積していくというのが中外製薬の戦略だ。販売開始後は拡大する需要に対応するため、「販売後、5年をめどにCMO、CDMOの活用などを検討していく」(田熊生産技術本部長)としている。
その中外製薬が、東京・北区の浮間工場に整備した治験薬製造用のUK4と、開発後期から初期商業生産用のUK3を報道陣に公開した。UK3はステンレス製の6000リットルの培養タンク6基で構成するのに対して、治験薬製造用のUK4は使い切りのプラスチックバックを利用したシングルユースの2000リットルの培養タンク2基を備える。
ステンレス製培養タンクの場合、これまでに製造してきた製品とは異なる製品に切り替えようとすると、相応の時間をかけて洗浄・滅菌する必要がある。シングルユースだとその時間が不要になり、水やエネルギーの消費の観点からも効率的だ。コストは生産の規模によって異なるが、2000リットル程度の培養ではシングルユースの方が勝るという。
一方、通常の抗体医薬の製造工程では、遺伝子を組み換えた動物細胞を14日程度培養して回収するバッチ生産方式のために大容量の培養タンクが必要となり、生産コストの上昇を招いていた。そこで、大型の培養タンクを利用せず、小規模の培養タンクを用いて連続的に栄養分を供給しながら動物細胞に抗体を産生させて回収する「連続生産」が業界内では注目されている。
不安定な次世代抗体では連続生産に利点
中外製薬ではこの連続生産の取り組みでも先行していることで注目されている。26年10月に稼働する予定の宇都宮工場(宇都宮市)で整備を進めているUT3では、一部に、培地を連続的に入れ替えながら培養を進める「かん流培養」などの連続生産機能も実装する計画だ。
田熊生産技術本部長は、「バッチ生産で抗体医薬の産生量を向上する取り組みを重ねた結果、1リットル当たり10グラムを超える産生量が得られる見通しとなり、生産効率の面では培養工程で連続生産を採用する利点は乏しくなった。ただし、通常の抗体医薬とは異なって不安定な次世代抗体の場合、14日間培地中に置いておくと変性したり凝集したりする問題が生じる。そのような不安定な抗体の生産では、培養期間を短くして短期間で回収できる連続生産に利点がある」と説明する。
さらに、培養工程ではなく、その下流の精製工程で連続生産にすることで設備を小型化でき、低コスト化できるので、連続生産を検討していくという。抗体医薬の創薬で世界をリードする中外製薬は、抗体医薬の製造においても不断の技術革新に取り組んでいる。
(日経ビジネス/日経バイオテク 橋本宗明)
[日経ビジネス電子版 2024年5月23日の記事を再構成]
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