アビームコンサルティング(東京・中央)は顧客企業の脱炭素化実現に向け、支援の幅を広げる。従来の戦略立案支援や政策提言に加え、再生可能エネルギーの導入提案をはじめとする具体的な支援策の提供も目指す。山田貴博社長は「脱炭素は企業の成長を促す」と指摘し、経営者に積極的に対策に取り組むよう呼び掛ける。脱炭素の必要性と潜在能力をいち早く認識し、最初期から対策を模索してきた同社の取り組みや狙いについて聞いた。

やまだ・たかひろ 1992年 東北大文卒、アンダーセン・コンサルティング(現アクセンチュア)入社。2016年アビームコンサルティング取締役、20年代表取締役副社長。徳島県出身。54歳

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製造業の改革必須

温暖化による気候変動への危機感から、世界中の企業に温暖化ガス(GHG)の排出削減が強く求められている。日本の産業界にとっても、脱炭素対策は待ったなしの課題だ。

日本の産業構造上、製造業のグリーントランスフォーメーション(GX)が最も重要だ。日本の基幹産業である上、多くの二酸化炭素(CO2)を排出する。製造業に始まるサプライチェーン(供給網)には物流や小売りなど複数の産業が関わり、インパクトも大きい。

長年企業の変革を支援してきたコンサル会社の視点からすると、脱炭素に取り組まないことは長期的にみて企業にとってリスクになる。経営者にはGXの重要性を改めて認識し、しっかりと事業戦略の中に組み込んでほしい。

一方、GXは企業の成長も促す。例えばある製品の生産過程を脱炭素化したいとする。関連するサプライチェーンをさかのぼり、製造の実態や工場での使用電力などを調べる過程で、既存の機械をより省エネのものに替えたり、一部の工程を自動化したりしたほうがよいとなるかもしれない。脱炭素を契機としたサプライチェーンの最適化は生産性向上への足掛かりにもなり、最終的には日本の製造業の競争力強化につながる。

だがGXは企業内の全部門が連動しないと、どこかにボトルネックが生じて達成できない。生産部門がある素材を再エネで作られたものに替えたいと思っても、調達部門が安定的に調達できなければ意味がない。コンサル会社も今までは「調達の改革」「生産工程の改革」など工程ごとの支援が多かったが、今後はより一体的な支援が必要になる。

そこで当社は2024年3月、住友商事と共同出資でGXコンシェルジュ(東京・千代田)を立ち上げた。住友商事の幅広い顧客ネットワークとビジネス基盤、当社のGXに関する知見とコンサル力を合わせ、GHG排出量の可視化や削減計画の策定など脱炭素を実現するソリューションを提供する。

この取り組みの特徴の一つが、具体的な解決方法も提示できる点だ。「工場で使っている電気を再エネ由来のものに切り替えたい」といった要望があれば、住友商事の持つネットワークを通じ、各企業に最適な再エネ導入策を提案できる。

コンサル会社はこれまで知見やノウハウの提供に終始していたが、脱炭素のような複雑な課題を解決するにはこれだけでは不十分だ。今後は具体的なソリューションも含めて顧客の課題に対応することが求められる。

共創で多様な人材確保

こうした体制を作るには、太陽光パネルの製造や風力発電所の設置、家庭や工場への再エネ供給などの多様な専門性が必要だ。今後も住友商事のようなビジネスパートナーとの共創を通じ、顧客に幅広いソリューションを提供できるよう努めたい。

脱炭素を加速するには消費者を含む様々なプレーヤーの行動変容も不可欠だ。社会全体で脱炭素を担う人材を育成する環境も重要になる。

企業の事業戦略立案のサポートや政策提言など、従来通りのコンサル会社としての役割も大切にしたい。

サプライチェーン全体の脱炭素化を実現するには、大企業だけでなく、中小企業をはじめとする全ての事業者が対策を取らなければならない。体力がある大企業は対応できるかもしれないが、投資余力が小さい事業者に対しては、何らかの資金支援が必要になるだろう。当社としてはそうした支援策の必要性を政府に提言したり、制度設計に関与したりすることが考えられる。地方銀行や信用金庫などとの共創により、脱炭素関連の金融商品の企画も可能かもしれない。

排出量把握、最初期から

当社は創業以来、企業の業務改革や基幹システム導入を支援してきたため、業務やテクノロジーに詳しい。

加えて日本のコンサル会社の中でCO2の排出量把握に最も早くから取り組み、10年以上にわたり顧客向けにサービスを展開してきた。当初は顧客企業にエネルギー供給会社から来た請求書に記載されている様々な情報を集めてデータベースをつくり、それを基に企業のCO2排出量を算出するサービスだった。

当時は脱炭素やGXが企業の最重要課題になっていなかったが、欧州市場に詳しい社員から「そう遠くない将来におそらく企業も真剣に気候変動対策に取り組まなければならない世の中になる」と言われたのを今でも覚えている。

脱炭素は欧州で始まった潮流だが、世界各国それぞれ産業構造や資源の状況は異なる。日本の産業の脱炭素化を進める上では、多くの日本企業のサプライチェーンに組み込まれている東南アジア諸国連合(ASEAN)地域での取り組みも必要だ。当社は同地域でも長年事業展開してきたため、その経験を生かしアジア市場に最適な脱炭素対策のアプローチを探っていきたい。

対策遅れる中小、支援必要に


環境省の調査によると、2022年度の日本のCO2の34%は産業部門から排出されており、そのうち93.5%が製造業由来だ。産業界の脱炭素化を実現するには、製造業の対応が欠かせない。
 電力シンクタンクの電力中央研究所が21年に国内の製造業工場を対象に実施したアンケート調査(6016件のうち有効回答690件)では、回答工場のうち76%が脱炭素に向けた取り組みを「実施している」または「検討を開始している」と答えた。
 ただ工場の規模別で見ると、従業員数が少ない工場ほど着手が遅れる傾向にあった。1000人以上の工場では取り組みを実施または検討開始しているのが90%だったのに対し、100人未満の工場では同割合が58%にとどまる。取り組みの中には再生可能エネルギーの導入拡大や脱炭素化された電気の利用拡大、省エネ対策などが含まれる。
 切り札となる脱炭素化された電気の利用拡大についても、「実施または検討している」のが1000人以上の工場では31%だったのに対し、100人未満の工場では4%と、小規模な事業者ほど対策が遅れる現状が浮き彫りになった。
 同研究所の向井登志広上席研究員は「脱炭素のノウハウを持っている人材を大企業が押さえてしまい、中小で内部人材が不足する構造になっていることが原因」と話す。人手が少ない小規模な事業所では、日々の業務に追われて脱炭素対策にまで手が回らない現状もあると同氏は話し、「そうした企業や工場にとって内部人材の育成はハードルが高い」とする。向井氏はサプライチェーン全体での脱炭素化を達成するには、「大企業が取引先の中小企業を育成面で支援することも含め、柔軟な対応が必要」と指摘する。
 コストの問題もある。脱炭素に貢献できる次世代エネルギーや設備は複数あるが、高価なものが多い。同氏は「使える技術を総動員しなければならないが、価格的に中小は手が出せない場合もある」とする。その上で、「行政の方でも次世代技術活用に関する補助金の対象や額を拡充したり、申請要件を緩和したりするのも手ではないか」と語る。産業界の脱炭素化を進めるには、企業の規模や組織の垣根を越えた協力体制が不可欠となりそうだ。

キーワード 温暖化ガス排出量の開示

日本政府は2050年までにCO2などGHGの排出量を実質ゼロにする目標を掲げている。目標達成のためには、企業が事業活動をする上で排出されるGHGも減らす必要がある。

改正地球温暖化対策推進法(温対法)では、一定以上のGHGを排出する事業者に対し、毎年7月末日(輸送事業者は6月末日)までに前年度の排出量を算出し、国に報告することを義務付けている。排出量の増減理由をはじめとする関連情報も報告することが可能。排出量を公表することで利益や権利が害される可能性がある場合は、それらの保護も申請できる。国は報告された排出量情報を事業者や業種、都道府県別に集計し、公表する。

GHG排出量や削減に向けた取り組みを開示することは、持続可能な経営を重視する投資家へのアピールにもなるとして、国内外の企業で開示が進む。

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