IHIが東南アジアで燃焼時に二酸化炭素(CO2)を排出しないアンモニア発電の実用化に動いている。人口増や経済成長に伴って、東南アジアの電力需要は2050年に21年比で約3倍になると推計されている。拡大する需要への対応と脱炭素との両立が求められる中、IHIはインドやオーストラリアも巻き込み、再生可能エネルギー由来の「グリーンアンモニア」のバリューチェーン(供給網)構築を狙う。
「日本とは異なり、東南アジアはエネルギー需要が伸びている。その中でどのように脱炭素を実現していくかが重要だ」。IHIのグループ会社で、シンガポールに拠点を置くIHIアジアパシフィックの小林広樹最高経営責任者(CEO)は課題意識を口にする。
国際エネルギー機関(IEA)によると、10年時点で東南アジアの電力需要は607テラワット時で、日本の1017テラワット時を下回っていた。しかし人口増加と経済成長に伴って21年時点には1037テラワット時となり、934テラワット時の日本を逆転した。今後も電力需要は伸びていく見通しで、現在公表されている各国の政策を踏まえた場合のシナリオでは50年には21年の2.7倍に達するとされている。
エネルギー需要が伸びていく中で、脱炭素を実現するのは容易ではない。例えば、太陽光や風力といった再生可能エネルギーによる発電では日照や風の状況などで出力が大きく変動してしまう。火力発電のようにきめ細かく調整して需要に応えることが難しく、過度に再生エネを増やせば安定供給を損なう恐れがある。
また東南アジアではCO2を排出せず、出力が安定した原子力発電所も稼働していない。日本や欧米と比べて送電網なども十分整っていない状況だ。
こうした中、IHIグループが有力な解として見ているのがアンモニア発電だ。窒素と水素から合成するアンモニアは燃焼時にCO2を排出しないのが特徴だ。すでに肥料用としては広く使われており、船舶を使って輸送する技術も確立されている。水素と同じく、石油や天然ガスといった化石燃料を代替する次世代エネルギーとして注目を集めている。
IHIグループは既存の火力発電設備を利用する形で、アンモニア発電への切り替えを進める方針だ。24年3月には日本の火力発電最大手JERAの碧南火力発電所(愛知県碧南市)で、石炭にアンモニアを加えて燃やす混焼の実証実験をスタートした。いよいよ実用化が見えてきた。
今後、人口減少に伴って電力需要が減っていく日本ばかりを実用化のフィールドとして想定していては心もとない。IHIグループは、需要拡大の中で安定供給と脱炭素との両立を求められる東南アジアで野心的な未来図を描く。製造業として単に発電設備を納入するだけではなく、アンモニアの調達から関わるサプライチェーンをつくろうと動く。
まず、発電における再生エネの比率が高いインドやオーストラリアで、再生エネの電気でつくった水素から「グリーンアンモニア」を生産。そのアンモニアを東南アジアに輸送し、既存の火力発電所で石炭などの化石燃料と混焼して発電する。混ぜる化石燃料の割合は徐々に下げていく。将来的にはアンモニアだけを専焼して発電タービンを回し、火力発電の脱炭素を実現する。
実際、IHIは24年1月、インドの再生エネ大手のACMEグループが今後生産する太陽光発電由来のグリーンアンモニアを28年から最大40万トン引き取ることで基本合意。オーストラリアでも年50万トンのグリーンアンモニアの取り扱いを目指しており、未来図の実現に向けて準備を進める。
アンモニア発電の上流となる燃料調達だけでなく、下流にあたる需要地の東南アジアの発電所についても布石を打つ。23年12月にはマレーシア国営石油会社ペトロナスの子会社と、アンモニアを100%利用した火力発電を26年にスタートさせることで基本合意。既存の火力発電所に出力2000キロワット(一般家庭600〜700世帯相当)のアンモニア専焼の小型ガスタービンを導入する。実現すれば、アンモニア専焼発電の世界初の商用利用となる。
世界が脱炭素社会の実現に動く中、東南アジアの各国も相次いで目標を打ち出している。温暖化ガス排出量を実質ゼロにするカーボンニュートラルについては、マレーシアやベトナム、シンガポールなどは50年、インドネシアは60年、タイは65年に達成すると掲げている。
アンモニア発電を巡っては、石炭火力などの延命につながるといった批判も出ている。それでも日本や東南アジアは欧州と比べて再生エネの適地が少なく、脱炭素と安定供給の両立に向けた現実解の一つになり得る。日本と東南アジア諸国連合(ASEAN)9カ国、オーストラリアの計11カ国による脱炭素の構想「アジア・ゼロエミッション共同体」も立ち上がり、IHIグループの未来図は一層の現実味を増している。
(日経BPバンコク支局長 奥平力)
[日経ビジネス電子版 2024年3月12日の記事を再構成]
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