トヨタを代表する車種のひとつであったマークIIとその兄弟車であるチェイサーとクレスタ、いわゆるマークII3兄弟。一時はマークII単体でマーチやサニー、シビックなどを上回る販売台数を記録したほど人気だった。現在は冒頭のように「マークII3兄弟」として括られてしまうことが多い3車種だが、果たしてどんな違いがあったのだろうか?
文:小鮒康一/写真:ベストカーWeb編集部
え、そうなの?そもそもが派生車始まりの長男、マークII!
マークII3兄弟の中で最も長い歴史を持つのがマークIIで、初代モデルは1968年に登場。このときの正式名称は「コロナマークII」であり、コロナの派生車種という扱いだった。
当初の予定ではこのままコロナマークIIが新型コロナとして代を重ねていくハズだったのだが、本家コロナへの需要も衰えることがなかったため、それぞれ違う道を歩むことになったのである。
ただコロナマークIIの名前は4代目まで残っており、正式に「マークII」となったのは5代目モデルからだった。
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次男、チェイサー登場!! 狙うは若年層だ!!
その後、1977年にマークIIの兄弟車として追加されたのがチェイサーで、基本的にトヨペット店扱いだったマークIIに対し、トヨタオート店扱いだった。
チェイサーは若いユーザーを狙った車種となっており、マークIIに設定されていた2.6Lモデルなどもラインナップされていなかった。
このチェイサーの若いユーザー向けの戦略はのちのモデルでも受け継がれており、2代目モデルにはスポーツサスペンションやミシュランタイヤを標準装備とした「アバンテ」が設定された。
また最終型の6代目ではエアロパーツを纏った「TRDスポーツ」が設定されたりしたほか、JTCCにもチェイサーをベースとして参戦していた。
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ちょっとだけ特別扱い? 三男、クレスタ!
そして3兄弟の最後に追加となったのが、1980年4月に登場したクレスタとなる。
この初代クレスタは、登場と同時に新設されたビスタ店のフラッグシップモデルとして投入され、同年10月にフルモデルチェンジをするマークII/チェイサーのプラットホームをいち早く使用しての登場だった。
ビスタ店のフラッグシップモデルということで、より上級なモデルに仕立てられていた。
のちに登場する新型マークII/チェイサーとはプラットホームは共有していたものの、ボディパネルはドア以外専用ものとなっていた。
1984年8月に登場した2代目クレスタでは、よりフォーマルかつパーソナルなモデルとなっており、マークIIやチェイサーにラインナップされていたハードトップはなく、全車セダンとなって登場。
このハードトップを持たないラインナップは最終型の5代目まで引き継がれてた。
最終型では2.5Lターボモデルは存在していたものの、マークIIやチェイサーにあった5速MTはラインナップされないなど、最後までそのキャラクターを固持していたのだった。
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一時代を築いた3兄弟。でも実はまだまだ人気者!?
今も一部の層から圧倒的な支持を得ているマークll3兄弟だが、こうしてみると、初代であるマークIIは3兄弟の基本形で、4ドアのほかワゴンやバンもラインナップするワイドバリエーションを誇っていた。
そしてチェイサーはスポーティさを、クレスタはフォーマルさを強調するという差別化が図られていたことが分かるだろう。
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