これまで日本にはたくさんのクルマが生まれては消えていった。そのなかには、「珍車」などと呼ばれ、現代でも面白おかしく語られているモデルもある。しかし、それらのクルマが試金石となったことで、数々の名車が生まれたと言っても過言ではない。

 当連載では、これら「珍車」と呼ばれた伝説のクルマや技術などをピックアップし、その特徴を解説しつつ、日本の自動車文化を豊かにしてくれたことへの感謝と「愛」を語っていく。今回は、独自のデザインでスマッシュヒットとなった軽自動車、ホンダ ザッツを取り上げる。

文:フォッケウルフ/写真:ホンダ

■人気のハイトワゴンクラスに導入された新感覚軽!

 軽自動車に関する規格は1998年9月に改定されて以降、20年以上変更されていないが、その間にさまざまな車種が登場し、現在では新車で売れるクルマの約4割が軽自動車となった。

 売れ筋はスーパーハイトワゴンに集中しているが、1990年代中盤から2000年代初頭にかけての軽自動車市場は、スズキ ワゴンRやダイハツ ムーヴを中心とするハイトワゴンが人気を集め、これらに追従する車種が数多く登場した。

 当時のホンダは、Nシリーズを市場へ導入する前だったが、バモスやライフといった付加価値の高い軽自動車を輩出し、スズキ、ダイハツに対抗。特にライフは1997年4月に復活した2代目以降、ホンダの軽自動車クラスを牽引する存在となるだけでなく、ワゴンRやムーヴと熾烈な競争を続けていた。

 2002年7月に登場した「That’s(以下ザッツ)」は、軽自動車クラスのスタンダードとして位置づけられていたライフとは違う、独自の世界観を表現したモデルで、「さりげなく使える日常的な身の回りのモノ」をコンセプトに、シンプルで使いやすく、スマートで個性的な新提案型軽マルチワゴンとして登場。

 ちなみにザッツの開発責任者を務めたのは、後にNシリーズでも開発責任者として手腕を振るった経歴を持ち、現在はモータージャーナリストとしても活躍している繁浩太郎氏である。

2002年に登場して2007年まで販売されたトールワゴン型軽自動車ザッツ。すっきりとしたクリーンなデザインでファンを獲得した

 車名のザッツは”that is”の短縮形で、自分の感覚に合う愛車を探しているときいに、思わず「あれだッ。」と言ってしまうような存在のクルマになれれば、という想いが込められている。

 角に丸みをもたせたシンプルで都会的な“ラウンドスクエアデザイン”を採用した外観からは、個性を強調したスモールカーという印象を抱くが、プラットフォームは3代目ライフ用がベースとしていることから基本性能が高く、同クラスの定番として人気を集めている車種と比較しても遜色のない能力を有していた。

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■基本性能の高さはライフ譲り

 特に居住性と実用性が高く、日常生活のパートナーとしては申し分なし。車内はドライバーが「自分のための空間」と感じられるよう、キャビンのルーフ四隅をドライバーから可能な限り遠ざけることで頭上周辺空間の「広さ感」が追求されており、乗って感じられるゆとりはライフを凌駕していた。

 数値で見てもライフに対して室内長が+25mmの1685mm、室内幅では+15mmの1225mmを達成し、1260mmの室内高も含め、室内は軽自動車クラス全体で見てもトップクラスの広さを実現していた。

 広さを確保するだけでなく、ルーフライニングとインテリアトリムを結ぶ部分に角を設けて境界を明確にしたて部屋感覚を演出。フィット感、ホールド性に優れた機能的な椅子であることを意識して作り込まれたシートを採用したことも相まって、乗り込むたびに心地よさを実感できる空間に仕上げられていた。

運転席まわりはシンプルなテーブルをイメージしたデザインで、ダッシュボードの表面はメタリック塗装のディンプル形状とすることでクールな雰囲気を表現している

 軽自動車は日常のアシとして移動の道具に使われる傾向にあるが、ザッツは愛着を持って付き合えることを目指し、“Simple-hearted Style”(気取らないスタイル)をコンセプトに、さりげなさに徹底的にこだわることで、気取らず、飾らず、さりげない、mono感覚をカタチにした。

 エクステリアデザインで重視されたのは、長く愛用しても飽きのこないスタイルとするために極めてシンプルであること。安心して使えるために力強い雰囲気を持たせること。さらに、オーナーのこだわりをさりげなく演出する遊び心があること。

 こうした要素を具現化するために、ボディのフォルムだけでなく、ヘッドライトやリアコンビネーションランプ、ドアミラーといった細部にいたるまで「ラウンドスクエアデザイン(角を丸めた箱)」という概念を取り入れている。

 他車とは明らかに異なるイメージを強調しているのはフロントまわりで、ヘッドライトとターンシグナルランプなどを一体化して横長デザインとしたスリークヘッドライトは、ボディサイズに制約がある軽自動車ながらワイド感を演出。

 適度な厚みをもたせたフロントノーズやサイドウインドウとリアクォーターウインドウで構成される広いガラスエリアは、独自の個性を主張するだけでなく、ボンネットの先端が把握しやすかったり、良好な運転視界が確保できるなど、狭い路地でもスマートに扱える運転のしやすさに貢献している。

■飾らないデザインでも強烈なインパクトを放つ

 動力性能については軽自動車規格の範疇だが、パワーユニットは日常でのスムーズな走りを重視したハイパー12バルブエンジンと、ターボチャージャーと大型インタークーラーを備えたターボエンジエンジンをラインナップ。

 いずれも常用回転域での優れたトルク特性によって、街なかでストレスを感じさせない加速性能を発揮しながら、最高で19.0km/L(10・15モード)という低燃費を達成している。また、バルブリフトタイミングの最適化や遮音、吸音を高める防音材の配置などにより、クラストップレベルの静粛性を実現し、ドライブの最中に感じる心地よさやくつろぎをもたらしてくれた。

 足まわりは路面の変化にも安定して追従するリアサスペンンションの採用に加え、前後ダンパーの減衰力を最適化することで、ゆったりとした乗り心地を持ち味としていた。衝突安全性能と軽量・高剛性を実現したボディの作りや、シンプルな面構成と角を丸めたラウンドスクエアデザインがもたらす優れた空力性能の効果も、あらゆる場面で感じる機敏なスムーズさを感じさせ、走りには上質感があった。

テールゲートはシンプルな面構成とし、リアコンビランプは被視認性を考慮しながらラウンドスクエアデザインを踏襲した形状としている。サイズは小さいが、テールゲート両サイドにあしらったアクセサリーのような趣きとなっている

 生産期間は約5年。デビューした当時は、ラウンドスクエアデザインによる独自性がウケて、ライフと双璧をなすほどの人気だったが、基本性能の高さと定番ならではの安心感を武器とする同クラスのライバルを凌駕することはできず、その際立った個性とは裏腹に、軽自動車クラスにおける存在感が薄れていく。

 コストパフォーマンスを強調した特別仕様車を導入して売上回復を狙うものの、後継車となるゼストが登場したことも影響して売れ行きは低迷。2007年9月に生産終了となり、11月には販売も終了した。

 シンプルであるがゆえにごまかしがきかないという難しさを克服したものの、シンプルだからこその気軽さは、他車との比較においてチープな印象を抱かせてしまったことも、1代限りでモデル生涯を閉じた要因のひとつでもある。しかし、小さくてシンプルでも「あれだッ。」と思わず反応してしまう、他にはない存在感とインパクトを放っていたクルマだった。

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