2024年6月3日、日本自動車界に激震が走った。トヨタ、ホンダ、マツダ、スズキ、ヤマハの5社計38車種で、「認証検査において不正があった」と発表。国交省の立ち入り検査を受けることになった。不正があったのはすでに生産終了となった車種だけでなく現行車も含まれており、速やかに出荷、生産を停止して国交省の検査結果を待つ事態に発展。SNSを含む世論は「トヨタやホンダも不正って大丈夫か?」、「悪いのはメーカー? 制度? なにか構造的な問題があるのでは?」、「国交省が日本メーカーに意地悪をしているのか??」など議論が沸騰した。本稿ではそうした先走った議論が落ち着いた頃を狙って、改めて日本政府と国産メーカーの関係、認証制度の現在とこれからについて、国の制度に詳しい自動車ジャーナリストの清水和夫氏に話を伺った。

文:清水和夫(ベストカーWeb編集部まとめ)、画像:AdobeStock、国土交通省

■ルールが嫌ならルールを変えられるのが民主主義

ーーまず今回発覚した認証検査不正は、ざっくりまとめるとどのような問題だったのでしょうか?

清水和夫(以下、清水)/そうですね…一言でいうと、日本は(厳密な意味での)「法治国家」ではなかったんだな、ということです。

ーー法治国家ではなかった。

清水/まず、日本とヨーロッパは、市販されるクルマは「型式認定制度」を取っていて、あらゆるクルマの車検証には「型式認定」と書いてあるわけです。つまり、自動車のような、乗員にとっても同乗者にとっても歩行者にとっても、社会的な人命を失うような問題、今でも日本では年間2600人以上の人が事故で亡くなっている「自動車」という製品にとって、安全性は一番大事な話です。

ーーそうですね。

清水/そういう危なくて大事なものの安全性は、みんなバラバラにやっていてはいけないから共通のルールでやりましょう、ということになっていて、すくなくとも日本とヨーロッパは、政府が安全性に関わる、いわゆる「国連基準」を作っています。このレギュレーションに合致したら「型式認定」を与えて、それぞれの工場で製造していいし、販売していいですよ、という話ですね。この一番大事な、いわば憲法のような決まりごと、自動車メーカーと国との契約ですよね、それが守られていなかった、それぞれの「現場」でかなり自由に解釈・運用していたことが分かった、というのが今回の認証検査不正問題です。

ーーなるほど。ここでは「なぜそんな自由な解釈・運用がなされていたのか」ということを伺いたいのですが…。

清水/それは、先ほど「法治国家ではなかった」という厳しい言い方をしましたが、ルールの対する厳格さに欠けているのではないしょうか? 逆にドイツはタイヤの空気圧も厳格に守っていますから。また日本ほど制限速度と実勢速度の乖離が大きい国はないです。みんなと同じなら「良し」とし、それで捕まったら「運が悪かった」となる。

ーーそうですね。現場の運用でなんとかしよう、いざとなったら捕まえるけど、というような、なんというか、 「お上によるお目こぼし」的な運用の仕方をしていますね。

清水/そう。日本はルール作りには熱心だけど、(ルールの意味や意義は考えず、単に)ルールを守らせれば良い社会…なのかもしれません。もっと怖いのは「企業の社内ルールや習慣」のほうが、「国のルール」以上に重く受け止められていること。社内で先輩と同じやり方で「良し」とするのです。

ーーそうですね。

清水/国が作ったルールも、もしそのルールが難しくて「嫌だ」というのであれば、あるいは「こっちのルールのほうがいい」というのであれば、意見を言う場所はあるわけです。自動車業界で言えば、日本自動車工業会だとか、経団連など業界団体は山程あります。注文する場所も要望を調整する機会もあるので、守れないルールだったのなら、「変えましょう」と言えたんですから。

ーーたしかに。

清水/もうひとつ、これは必ず言っておかなきゃいけないことがあります。「型式認定制度」というのは、日本とヨーロッパの場合は国が許認可権を持っているわけです。で、その一番大事な安全性の契約書、安全基準を守るってことについて、多くのメディアは面白がって「国」対「メーカー」という二項対立に仕立ててしまう。

ーー耳が痛いです。

清水/でしょう。トヨタにしたってホンダにしたって、世界中でビジネスをやっています。なぜやっていけるかといえば、「相互認証制度」があるから。

ーー「相互認証制度」。

清水/そうです。「国連自動車基準調和世界フォーラム(「WP29」)」という、自動車の国際的な基準と認証ルールを策定する唯一の機関があって、そこで2つの協定が結ばれています。「基準調和+ 相互承認のための協定(1958年協定)」で日本、EU、韓国、マレーシアなど62カ国、「基準調和のみのための協定(1998年協定)」ではこちらも日本、EU、米国、中国など39カ国、それぞれ協定が結ばれていて、これがあるおかげで輸出する際にそれぞれの国でわざわざ一から認証を取得する必要なく商売ができる。

自動車基準調和世界フォーラム(WP29)組織図。国連欧州経済委員会(UN/ECE)の下にあり、傘下に六つの専門分科会を有している(国土交通省作成資料)

ーー国連の基準だから日本だけ緩くしたり厳しくしたりは出来ない、と。

清水/出来ません。この協定は信頼を元にする相互主義に則っていて、各メーカーの手間を大幅に省くことが出来ています。だからトヨタも日産もホンダも海外で商売して、大変な利益を出すことができている。

ーーううむ…なるほど。

清水/そのいっぽうで、こういう基準は国際政治の舞台でもありますから、貿易摩擦だ輸出過多だと叩かれることもある。各国それぞれの思惑があるわけです。日本もかなり叩かれて、譲歩してきた歴史があります。そういう対外的な背景があるなかで、かつては役人がふんぞり返ってメーカーの担当者に「こういう決まりなんだから絶対に守れ」と(欧米基準のルールを)一方的に厳しく言ってきた、という時代もあったようです。

ーー自動車メーカーの渉外担当の人は大変だ、という話をよく耳にしました。

清水/自動車産業で大変ではない職務はないとおもうけど。しかし一方的に国が強かった時代は2000年代の初め頃に終わっているんです。決定的だったのは第二次安倍政権(2012-2014年)の時。日本の製造業は半導体も家電もみんなやられちゃって、自動車業界は極めて重要だという話になった。

ーーおお、やっと気づいた。経済の最後の砦だと。

清水/2013年頃の話です。その頃から日本政府と自動車メーカーは一体となって、 国際競争力を上げるために日本の自動車業界をバックアップしてきました。その中のひとつに、レベル3の自動運転をいち早くやろうというのがあった。自動運転に関しては、まだ世界で誰も達していなかったレギュレーションだったので、日本がいち早くその草案を作って、国際基準にしていこうと動いた。結果としてこの分野では日本が世界に先駆けて技術基準を策定して、その基準が世界基準になった。

ーーいい話ですね。

清水/でしょう。それまではヨーロッパが作ったレギュレーションを日本がフォロワーで追いかけていました。 海外のレギュレーションを守らされている、というような受け身です。メルセデスベンツなどは、自分たちが有利になるよう新しいレギュレーションを作るようにロビングしていましたから。

ーーおそろしい…。

清水/ですから、少なくともこの10年、2013年頃から現在までは、政府が自動車メーカーの足を引っ張るような制度をかたくなに守っている…ましてやトヨタやホンダに意地悪をしている、なんていう話は存在しないんですよ。陰謀論に近いんです。

■大学院の試験に受かれば高校受験はしなくていいのか?

ーーそうすると、ますます疑問が深まります。政府とメーカーが一体になっていたとしたら、今回なぜこんな、大規模な認証不正問題が起こってしまったんでしょうか。

清水/今回一気にいろいろな問題が明らかになりました。中には間違ったソフトウェアを使用したなどメーカーの立場では不可抗力もありましたし、現場は「この方法でいいはず」と思って試験をしていたケースが多いでしょう。不正自体に悪意や害意があったとは思えませんし、開発は一ミリも間違っていないのです。ただ「認証試験」というものを自動車メーカー全体で軽視していた、とは言えると思います。

ーー「軽視」していた。

清水/はい。すくなくとも優先順位が低かった。

ーーそれは「自分たちはもっと厳しい試験を実施してクリアしているんだから、大丈夫だろう」だとか「合理的に開発してもっといいものをユーザーに提供しているんだから、このやり方が間違っているなら制度のほうが間違っているんだろう」と思っていたということでしょうか?

清水/そんな単純な話しではないと思いますが、厳しい試験をしているからというのは、少しは影響したかもしれませんね。本質的には認証基準よりも、量産に向けた開発日程を厳守することが最優先だったと思います。◯月◯日に量産するため「部品調達、輸送、ディーラー配車、資金などのエコシステム」が関係してきます。認証で遅れることは社内では許されないことなのでしょう。各メーカーの開発部門は「世界一厳しい基準に照らしてクルマを開発しているから」という意識以上に、型式認定取得が遅れてはいけないというプレッシャーが強くのしかかっていたと想像できます。

ーー認証試験で不正していたけど、間違ってはいなかった?

清水/はい。「よりよいクルマを作ろう」と創意工夫するのは正当な開発行為であって、そのいっぽうで認証試験というのはもっとベーシックなところの話なのです。喩えて言うと…どの自動車メーカーも合格できるような共通の試験があります。共通一次試験みたいなやつです。今回はそれを軽視して、すっ飛ばして虚偽記載していた、という話。

ーー社内的な「実際に厳しいルール」はあったんですか?

清水/法的なルールではないですが、安全情報公開という制度があり、各メーカーのクルマの安全性の差を公開する制度です。

ーーなるほど。

清水/走り高跳びの選手は、たとえば「大会出場資格は2m」だったとしたら、みんな2m以上を目指して練習するわけじゃないですか。2m20cmとかを目標にして練習する。それは当たり前ですよ。ただ、そういう選手も、どこか公式の場でシーズンベストが記録されています。ライバルのシーズンベストを見て、「もっとがんばろう」と健全な技術競争の動機となります。

ーーメーカー自身の社内テストは「裏庭で飛んだ2m」なので公式記録ではないですね。

清水/NCAPは公的資金を使ったテストなので中立ですね。もちろん、世の中には「ギリギリで大会出場規定を満たした人」もいれば、「もっと高いところを目指して練習してきたしその実力がある人」もいます。だけど、そもそもの話として公式の試験官がいる前でちゃんと記録を提出してもらわないと、出場資格を出すわけにはいかないわけです。

■増え続ける販売台数と仕向け地…そのわりに減らされる認証部門

ーーダイハツの不正が発覚した際に問題になっていた「仕向け地の多様化」についてはどうでしょうか。

清水/ダイハツはトヨタの100%子会社になってから、OEMを大量にやるようになりました。それで日本国内だけでなく、トヨタの新興国向けスモールカー担当のようになっていて、2010年から2020年ぐらいまでの間に販売台数が世界で1.5倍くらい増えました。開発部門も営業部門も製造部門も忙しくなるなかで、認証部門っていうのは、人が減らされてたるわけです。

ーースタッフが減ったと。

清水/たとえば編集部でね、雑誌の売り上げ上がって、ページ数も増えて、記事数や配信先、取材先もどんどん増えるのに、編集部員の数を減らされたらどうなりますか。

ーーそれはパンクしますね。エラーも増える。

清水/そのうえ、ダイハツはトヨタだけでなく(トヨタを通して)スバルやマツダにもOEM提供していていました。そういう状況で、たとえば半導体不足などでセンサーが手に入らないとか、戦争が始まったりコロナが流行ったりと、開発の途中で何かがあるような厳しい時代に、それでも契約は守らなくてはいけない、「この日までに開発を完了して試験をして書類を提出して…」という状況が出てくるわけです。

ーーき…きびしい。

清水/特にトヨタに対しては、「トヨタ様のご機嫌を損ねてはいけない」みたいな気持ちもあったでしょう。そうした中で、「計画通り出せば売れる、出せなければ売れない」という状況もあって、認証部門にしわ寄せが集まるわけです。これは、そういう状況を察知できなかった経営者の責任でもあるとおもいます。

ーー今回の認証試験不正問題は、そういう「しわ寄せ」が集まって、無理が重なってついに明らかになった…ということでしょうか?

清水/それだけではありません。認証部門って地味なんです。役所相手の仕事だし、「通って当たり前」と思われている。前述の「自動車基準調和世界フォーラム(WP29)」の手続きって、全部英語なんです。試験のやり方だとか条件とか、英語で書かれた分厚い提出書類を細かくチェックしなくてはいけない。いっぽう開発部門っていったら花形ですよ。日本カー・オブ・ザ・イヤー(COTY)だ、試乗会だっていうと、開発部門のエンジニアがズラッと並ぶ。そういうところに認証部門の担当者は来ないでしょう。認証を受けないと1台も売れないのに、光りが当たることは少ない部署です。そういうイメージの問題や社内での立場の違いみたいなものもあったと思います。

■そもそも勉強不足のメディアも原因のひとつ

ーー今回の件は、日本の自動車産業全体にとってどんな変化をもたらすのでしょうか?

清水/今回すべて明らかになって、よかったと思うんです。悪い部分がすべて表に出て、認証部分の重要性が上層部も世の中もわかったわけです。「しわ寄せ」を放っておくと大変なことになるということもよくわかった。パンドラの箱が開いてよかったんじゃないかとも思います。

ーーたしかに。

清水/認証や開発がやむを得ない理由で遅れるなら、なるべく早く経営側に報告するべきでしょう。バッドニュースを上に上げられる風通しのよき企業風土が必要だと思います。経営側も現場に物差しを充てることを怠ってはいけないと思います。そして今回の件は未来志向で考えなくてはなりません。今後モビリティの進化にともなって、たとえば欧州からバッテリーの欧州電池規制法が来ます。クルマの履歴もブロックチェーンで、分散型台帳でやろうという話もある。日本は輸出立国ですから、自動車メーカーには世界中にクルマを売って、外貨を稼いできてもらう必要があります。これからは国土交通省だけでなく、総務省や経産省や環境省や警察庁と協調して、クルマと制度を作っていかなければなりません。

ーー国交省とメーカーが喧嘩している場合ではない、と。

清水/そもそも喧嘩じゃないんですよ。一部の、実際の運用や制度をよくわかっていないメディアやジャーナリストが騒ぎ立てていましたが、そういう理解は本当によくない。不勉強です。

ーー失礼しました。

清水/かつて日本は欧米から言われたルールを丸呑みするしかなかったわけですが、いまは違います。これはぜひ検索してほしいんですが、日本は自動運転技術を進めるために、2018年4月に「自動運転に係る制度整備大綱」を公表しました。これは省庁を横断し、そのうえで官民一体になって自動運転技術を進めましょう、という方針です。道路運送車両法も道交法も、自動運転を進めるうえでどういうかたちがいいか考えて、必要なところは改正していきましょうという話になりました。

ーーまさに官民一体となって。

清水/そうです。そうすることによって、道路交通に関する条約(ジュネーブ条約)に係る国際的な議論に当たってリーダーシップを発揮できるようになりました。こういうことを、自動運転技術分野だけでなく、バッテリーやデータ連携の世界でもやっていく必要があります。今回の件を、そういう「官民一丸となって進める」契機にしていく必要があります。だからこそ、まずはメディアが、こういう事情を把握して、国の役目とメーカーの役目を理解する必要があるんです。

ーー大変勉強になりました。ありがとうございました。

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