輸入車の新車登録台数で、『ゴルフ7』の後期辺りからモデル別トップの座から陥落して、ブランド別でもメルセデスベンツに譲り渡すなど、ここ数年のフォルクスワーゲン(VW)の凋落を指摘する声は決して少なくなかった。円安もあって「フツーの欧州車」が苦境の中、『Tクロス』や『Tロック』といったスモール&コンパクトSUVが孝行息子となって、VWの屋台骨が救われたという見方はあまり正しくない。むしろハッチバック市場の空洞化からSUVへのシフトを、VWは深謀遠慮ではないだろうが見越して、慎重に今のラインナップを組み立ててきたと思われる。
実際、今回マイナーチェンジされたTクロスに試乗して、ゴルフが宇宙の中心のように語られていた頃の、スモールカーの教科書のような「VW先生」ぶりを久々に見た思いがした。
自信の源はやはり、その実績だ。欧州でもTクロスはスモールSUVのベストセラーのひとつだが、日本では輸入SUVとして3年連続販売台数ナンバー1、じつに輸入SUVという分類では25%ものシェアで推移してきた。ちなみに昨年、一度だけ1位の座を譲ったが、相手はひと足早くマイチェンを敢行したTロックなので、ゴルフやポロといった「古典的なハッチバック」を相対的に補完する存在であることは否めない。
◆マイチェンがもたらした本当の福音は「内装の静的質感」
VW Tクロス上陸当初のTクロス、つまり前期型モデルは『クロスポロ』辺りから比べたらかなりアカ抜けていたが、それでも内装などSUVスタイルに遠慮があった。だが後期モデルはより堂々と、SUVという車型・テーマに対してコンプレックスなく振舞っている、そんな佇まいやオーラを感じる。
前期型より、自己肯定感強めルックスといえるのは、先行する兄貴分のTロック同様、よりシャープで都会的な方向へとふり切れたこと。具体的にはLEDヘッドランプとフロントグリルのLEDバーライトが一直線になり、リアも同じく水平基調を強調するオーナメント照明と、「クロス」状のコンビネーションランプとなった。
いわゆるフェイスリフトで上位車種の雰囲気に寄せる、ドイツ車では定番のアプローチだが、Tクロスの売れている理由はデザイン以外にもこなれたサイズ感、そして価格まで3拍子が揃った点にある。実際、全長4140×全幅1760×全高1580mmという、いかにも取り回しやすそうなサイズは、意外なようだが日本車で同じく欧州BセグのSUVクロスオーバーであるトヨタ『ヤリスクロス』より少しだけ小さい。
スポーティな「Rライン」仕様のみ全幅は1785mmへ増すが、6:4分割可倒式のリアシートに455リットルの荷室を備え、最大で1281リットルまでエクステンドできるというから実用車としての実力も並大抵ではない。じつをいってフル乗車時の荷室容量に限ってはTロックより大きいぐらいなので、SUVとして車格の大小だけでなく、あちらは「スペシャリティ」で、こちらはより実用本位というキャラも透けて見えてくる。
VW Tクロスだがマイチェンがもたらした本当の福音は、内装の静的質感が随分と向上したことだ。インテリアの大枠は前期型を踏襲しつつも、例えば助手席の眼前にあるダッシュボードの加飾パネルが「TSIアクティブ」ではレザー張りでステッチまで施されるようになった。つまりハードプラスチックではなくソフト素材で包まれた。ブルーグレイのファブリック&レザーのコンビシートも、デニムを連想させるカジュアルさながら、しっとりとフロスト感あるタッチで大きく進歩した。平たくいって、ここ数年はフランス車やスウェーデン車の内装がBセグSUVでは飛び抜けて良かったのだが、見劣りするほどの殺風景さではなくなったのだ。
加飾部分だけでなく、デジタルメータークラスターや9.2インチのタッチディスプレイ、その下部に設えられたエアコン関連の操作パネルをはじめとする物理的スイッチなども、前期型よりスッキリした。Tクロスの購買層は50%が女性だそうで、これはVWのラインナップ中でもっとも高いという。となればやはり、前列シートヒーターは3グレードのうち「TSI R-ライン」と「TSI スタイル」という上位2グレードに標準装備される。
これらの上位グレードではプレミアムオーディオとして、300W・8ch・6スピーカーの「ビーツ・サウンドシステム」もオプションで選べる。30代女性を中心に人気のアイナ・ジ・エンドをCMに起用するなど、VWの車種としてもっとも高い女性人気をキープすべき方向性は理解できるが、残り50%は全員おじさんとはいわないまでも男性のはず。いわゆる“Dad Rock(お父さん好きする70~80s懐メロ系)”も、デジタルで拡張したニュアンスは感じるが、低音まですっきり鳴らしてくれる。
◆まだこれだけ手を入れることができたか
VW Tクロス久々に、しっかり下ろすタイプのサイドブレーキを解除して、走り出す。最大トルク200Nmに最大出力116psという1リットル・直3ターボのスペックは前期型とほぼ変わりないが、圧縮比が11.4に高められミラーサイクル化されている。以前は10.5だったところだ。組み合わされるDSG 7速も、じつはファイナルギアがほんの少しだけ伸ばされ、WLTCモード燃費でわずか+0.1km/リットルながら、17km/リットルにまで改善されている。3グレードすべてに共通するパワーユニットが、だ。
まだこれだけ手を入れることができたかという驚きとともに、徐行域~低速域で柔らかく扱いやすいパワーフィールで、ニブ過ぎず鋭敏に過ぎずのタッチも絶品だ。低速域ではステアリングの手応えもきわめて軽く、乗り心地もしっかりよりソフトで、走り出した瞬間からどっしりして硬質の反応を返してくる往年のドイツ車から比べたら、じつに「イージーさ」を強調していると感じた。
かといって安直でスペースが広いだけのスモールカーから、Tクロスはほど遠い。速度域を50~70km/hに上げると、先ほどまでのイージーさに折り目正しさ、具体的には足まわりのストローク感やステアリングのしっとり感がオーバーラップしてくる。しかも3気筒というのにエンジンフィールに安っぽさがなく、アクセルの踏み込みに対して適度な快活さで応じてくれる。流石は『up!』に起源を辿るパワーユニットだ。
VW Tクロス試しに高速道路にも足を踏み入れてみた。合流でフル加速した際にはさすがに一瞬のラグこそあるが、本線合流する頃には十分に流れをリードできるし、何より身のこなしや振舞いが明らかに据わってくる。ここで通常の乗り方ならADASを発動し、全車速対応の「トラベルアシスト」をONにしてステアリングに手を添えれば、道路状況に関係なくほぼ定速クルーズで一丁上がり、そんなイージーさだ。制御もアップデートされたADASを全グレード標準装備できたのは、逆に使用頻度の低いパークアシストのような機能はオプション化したからでもある。強いていえば、郊外路レベルの巡航では、もう少しだけ抑えの効いたライド・フィールならより好ましい。
◆イージーなのに安っぽくない
いずれ、Tクロスがなぜスモールカーのお手本かといえば、「イージーなのに安っぽくない」ことだ。そもそもボディ剛性もステアリングの剛性感も高く、とりたてて静粛性重視の造りでなくても、不快な周波数の音がフィルタリングされているし、結果としてオーディオの低音までよく聞こえてくる。骨太さの上に押しつけがましくない付加価値を見出せるのが、VWの王道でもある。スモールカー観やルールが違うとはいえ、軽自動車がベーシックになりつつある日本では、車両価格に覆い隠されてそういう分類すらされないだろうが、近頃言われなくなった「ベーシックな大衆車」として考えた時、令和らしい“それ”をTクロスは究めつつあるように思う。
参考までに「TSIアクティブ」が329万9000円、今回試乗した17インチ仕様の「TSIスタイル」が359万9000円、「TSI R-ライン」が385万9000円だ。
VW Tクロス■5つ星評価
パッケージング:★★★★★
インテリア/居住性:★★★★
パワーソース:★★★★★
フットワーク:★★★★
オススメ度:★★★★★
南陽一浩|モータージャーナリスト
1971年生まれ、静岡県出身。大学卒業後、出版社勤務を経て、フリーランスのライターに。2001年より渡仏し、パリを拠点に自動車・時計・服飾等の分野で日仏の男性誌や専門誌へ寄稿。現在は活動の場を日本に移し、一般誌から自動車専門誌、ウェブサイトなどで活躍している。
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