これまで日本にはたくさんのクルマが生まれては消えていった。そのなかには、「珍車」などと呼ばれ、現代でも面白おかしく語られているモデルもある。しかし、それらのクルマが試金石となったことで、数々の名車が生まれたと言っても過言ではない。

 当連載では、これら「珍車」と呼ばれた伝説のクルマや技術などをピックアップし、その特徴を解説しつつ、日本の自動車文化を豊かにしてくれたことへの感謝と「愛」を語っていく。今回は、アキュラブランドでも取り扱われたが、日本ではわずか3年で姿を消してしまったラグジュアリーSUV、MDXを取り上げる。

文/フォッケウルフ、写真/ホンダ

■アキュラブランドが扱う新種の高級車として支持される

 MDXはホンダのアメリカにおける開発拠点、HondaR&Dアメリカズ(HRA)が開発を手掛けたモデルだ。あらゆる路面状況での高いコントロール性能と、上質なゆとりと快適性をあわせ持つプレミアムSUVをコンセプトに開発された。

 ホンダが北米で開業したアキュラブランドが扱う新種の高級乗用車として、2001年に発売され人気を博している。その後、2003年2月に輸入車としてホンダベルノ店を通じて、日本でも販売を開始し、2006年3月まで販売されていた。

全長4790mm、全幅1955mm、全高1820mmという堂々としたサイズでプレミアムモデルに相応しいゆとりと風格が漂う

 ラフ&インテリジェンスをテーマにした外観は、「あらゆる道での安心感や力強さ」と「都会的洗練」の表現を狙っているという。大草原を力強く疾走し、いざというときにはとても俊敏な動物であるサイをモチーフにイメージを重ね、そのうえで都市の風景に似合うよう全体のフォルムから細かなディテールこだわってデザインされた。

 フロントまわりは直線的なライン構成のグリルとスキッドガード機能を表現した個性的なバンパーに、シャープなデザインのヘッドライトを組み合わせることで迫力のある精悍な表情を演出。全体のフォルムはシンプルなものとしていたが、低く伸びたルーフラインによって美しさを表現しながら、張り出したフェンダーによる力強い下半身が躍動感をもたらしている。

 高級SUVであることは、品格とゲストを招き入れるための落ち着きが漂う車内の造形からも見て取れる。グレーを基調としたシックなツートーンとしながら、乗員が目にしたり、手で触れる部分には本革や木目調パネルをふんだんに採用されている。

 高級感の演出だけにとどまらず、メーターやスイッチ類を見やすく、操作しやすい配置としたり、大画面7インチワイドモニターとDVD-ROMを採用したナビゲーションシステムといった高機能装備を充実させることで、知的で上質な心地よさが実感できる作りとしていた。

■ミニバンを得意とするホンダらしく快適で実用性もハイレベル

 車内の広さは特筆すべきポイントのひとつだ。全長4790mm、全幅1955mm、全高1820mmというボディサイズを生かしながら、低床化やエンジンなどのメカニズムをコンパクトにするといったホンダならではのクルマづくりを行うことで乗員がゆったりとくつろげる居住空間を確保することで3列7人乗車を可能にしている。

 1列目、2列目ではリビング感覚の余裕を、3列目にも大人が充分に乗車できる空間が確保されている点は大型SUVらしい特徴と言える。快適に座れるだけでなく、ドアは大きく開き、シートが適切なヒップポイント地上高としていることで、乗用車感覚の乗降性を実現しているのもポイントだ。

 SUVはさまざまな用途に対応できることを求められるが、その点でも満足できる能力を有している。特に荷室は、7名乗車時でも208Lという容量を確保しており、なおかつ必要に応じて2列目、3列目シートを倒して広大な荷室にすることができる。

 シートは背もたれを倒すと同時に座面も下がる構造になっているので、荷室フロアは低くフラットにできる。しかも、タイヤハウスの張り出しが少なく、荷室開口部に段差がないため大きな荷物がスムースに出し入れできるというのも使い勝手のよさを実感できる。

 フロア下にはシークレットボックスが設けられているほか、AC100V電源、DC12V電源のアクセサリーソケットなどの便利装備も充実し、日常からアウトドアレジャーまで幅広い場面で頼もしく使える。

張り出したフェンダーがSUVならではの力強さと躍動感を演出している。スペアタイヤはフロア下に収納してすっきりとした印象だ

 大柄でヘビー級のSUVだが、走りに心許なさはなく、車格に見合った動力性能を発揮するパワーユニットの搭載や、あらゆる場面で抜群の安定性を発揮するシャシーによって爽快な運転感覚を持ち味としていた。

 エンジンはパワフルな特性とクリーンな環境性能を両立したV6 3.5L VTECエンジンを搭載。ゆとりの排気量に加え、ホンダ独創のVTECを核としながら吸排気系を中心にさまざまなテクノロジーを投入することで燃焼効率を徹底的に高め、すべての回転領域でフラットかつトルクフルな走りを実現した。

 最高出力260ps、最大トルク35.2kgmという動力性能を達成しながら、平成22年燃費基準に適合するとともに、10・15モード燃費で7.8km/Lを達成することで、車両重量2020kgを超えるLサイズSUVクラスとしては初の「超-低排出ガス」認定を取得した。

 サスペンションはフロントに充分なストロークを確保し、ダンパースプリングの特性を最適化したストラット式を、リアには低床、3列シートを可能するコンパクトなインホイールタイプのダブルウイッシュボーン式サスペンションを採用。強固な4つのリングシェル構造がもたらす高剛性ボディの効果も相まって、セダンに匹敵するハイレベルな操縦安定性と、快適な乗り心地をさまざまな場面で味わうことができた。

■高性能な電子制御4WDシステムで卓越した走破性を発揮

 SUVに必須の能力といえば悪路走破性だが、MDXはVTM-4(バリアブル・トルク・マネージメント4WDシステム)+VSAという当時としては画期的なインテリジェント駆動力コントロールシステムを採用。

 VTM-4は、それまでのホンダ車に採用されてきたリアルタイム式4WDの優位性を生かしながら、フルタイム式やパートタイム式のメリットを融合したうえで、電子制御によって前後輪の駆動力配分を100:0~50:50までの間で行う4WDシステムだ。

 定速走行時はFF状態で走り、加速時や砂利道や雪路などの低μ路に侵入したときなどは後輪にも適切な駆動力を自動的に判断して伝達し、フルタイム4WDのような安定した走りを実現する。さらにぬかるみなどのハードな悪路では、駆動力の配分を前後輪でほぼ50:50に固定するロックモードを選択することで、パートタイム4WDのような直結4WD状態となって本格オフロードSUVと同等の走破性が得られる。

 この駆動力制御にABSやTCS、オーバーステアやアンダーステアなどの横滑りを抑制するVSAと協調制御することで、天候や路面状況を問わずハイレベルな車両コントロール性を発揮し、オンロードでもオフロードでも走りを安心して楽しむことができた。

大柄なボディサイズを生かして広々とした居住スペースが確保され、どの席でもゆったりとくつろげる

 2004年2月にはマイナーチェンジを実施。外装デザインの変更や出力向上、サイドカーテンエアバッグシステムを採用するなどの改良と、新たにベースグレードを追加設定した。

 翌年の2005年にもマイナーチェンジが行われ、オートライトコントロール、雨滴検知式ワイパー、セキュリティアラーム、ヘッドライトレベリング機構を標準装備した。

 日本での販売は2006年6月までで、販売中の登録台数累計は1502台といまひとつだったが、海外では安定した支持を得ており、2006年に2代目、2013年には3代目、さらに2022年には4代目が登場し、アキュラブランドのフラッグシップSUVとして販売が継続されている。

 日本での正規販売は2006年に終了しているが、2023年1月に関西圏(奈良県、滋賀県、京都府)でホンダ車を販売するホンダネット京奈がMDXを並行輸入の形で販売して話題となった。ちなみにホンダネット京奈が販売するMDXの価格は1698万円と超高額となっている。

 どれだけのユーザーがその価値を見出せるかには疑問符が付くものの、初代が日本市場へ導入されたときよりもSUVクラスが活況であること、さらにホンダが海外で販売しているZR-VやWR-Vが相次いで導入されたこと、さらに1000万円超えのSUVが富裕層にとって格好の選択になったことなどの事情を鑑みると、MDXの再導入を現実的に捉えることもできる。もしかしたら数年後に、このコーナーで取り上げることになるかもしれないが……。

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