これまで日本にはたくさんのクルマが生まれては消えていった。そのなかには、「珍車」などと呼ばれ、現代でも面白おかしく語られているモデルもある。しかし、それらのクルマが試金石となったことで、数々の名車が生まれたと言っても過言ではない。
当連載では、これら「珍車」と呼ばれた伝説のクルマや技術などをピックアップし、その特徴を解説しつつ、日本の自動車文化を豊かにしてくれたことへの感謝と「愛」を語っていく。今回は、ベース車の特徴を継承しながらスバルらしいオリジナリティがプラスされたトラヴィックを取り上げる。
文/フォッケウルフ、写真/スバル
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■ブーム全盛の時代に登場したスバル初のミニバン
スバルといえば、水平対向エンジン、シンメトリカルAWD、そして実用性と走りに秀でたクルマを作ると評されてきた。徹頭徹尾、こうしたイメージを愚直に貫いてきたわけだが、ときには市場のニーズを汲んで、流行りのジャンルに属するクルマの販売に乗り出したこともある。2001年に導入されたトラヴィックがそれにあたる。
トラヴィックが導入された当時の新車市場は、ミニバンが広く普及し始め、オデッセイ、ステップワゴン、エスティマ、セレナ、エルグランドといったクルマが市場を席巻し、現代のSUVクラスのような盛り上がりを見せていた。
トラヴィックの登場にはそんな状況が影響したことは想像に難くない。ただし、スバルが同社初のミニバンとして導入したトラヴィックは自社開発モデルではない。当時のスバルが提携関係にあったゼネラルモーターズ社(GM)との協力体制によってヨーロッパで設計・開発され、タイで生産された「オペル・ザフィーラ」をGMからOEM供給を受けて販売していた。
OEM車とはいえ、スバルのエンブレムを付けたミニバンは「1人で乗っても7人で乗っても楽しい7人乗り」というコンセプトのもと、取りまわしの良いコンパクトな車体に7人乗りの快適な居住空間を確保した合理的なパッケージングと、ゆとりある動力性能と優れた操縦安定性がもたらす運転の楽しさを追求したモデルとして注目される。
ちなみにスバルとGMは、1999年12月に戦略提携を結び、さまざまな分野で提携の成果を実現するための協議を重ねていた。当時のリリースには「トラヴィックの導入は、日本国内市場における初の具体的成果」と記されており、両社にとってウィンウィンとなる事案だったわけだ。
OEM車なので、ボディやシャーシといった基本構造はベースとなったザフィーラと共通だが、細部にはスバルならではのこだわりが散見される。
スポーツグレードとして位置づけられていたSパッケージには、トラヴィック専用にデザインされたフロントアンダースポイラーやサイドアンダースポイラー、リアアンダースポイラー、ルーフスポイラーを装備してスポーティな雰囲気が演出されていた。これらのアイテムはただの飾りではなく空力性能に寄与する機能性が考慮され、Cd値0.30を実現して高速走行時の燃費性能や走行安定性の向上に大きな役割を果たしていた。
車体全体を滑らかな形状としながら、ロングホイールベースと短い前後オーバーハングで安心感と安定感を追求したベース車の特徴を継承しつつも、スバル車としての専用装備をプラス。こうした作りには、フロントグリルを変えてスバルのエンブレムを装着するというOEM車にありがちな作法にとどまらずにトラヴィックとしての個性をアピールしようとしたスバルの気概を感じさせる。
インテリアもベース車の特徴を踏襲。運転席まわりは、ダッシュボード上面を低く抑え、運転席や助手席の着座位置を高めに設定することで広々とした視界と開放感が得られるデザインとし、視認性の優れたメーターや、情報を即座に把握できるトリプルインフォメーションディスプレイを装備することで運転がしやすい環境を整えていた。
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■ミニバンに必須のシートアレンジはシンプルで合理的
ミニバンとして重要視される居住性と実用性については申し分のない実力を有している。全長4315mmのコンパクトなボディとしながらも、車内には3列シートを備えて7名乗車が可能。人を乗せる機会が多い2列目シートには、調整幅300mmのスライド機構が設けられているのでゆったり乗車できる。
5名乗車で荷物の積載量が少ない場合には、左右独立格納式の3列目シートを床下に格納して2列目シートを後ろに下げることで後席乗員のスペースはさらに広げられる。積載量が多いときには2列目シートを前方へスライドさせれば、最大640Lの荷室スペースを確保できた。
さらに2列目シートを折りたたんで3列目シートを格納すれば、荷室は最大1705Lまで拡大。本来ならワゴン作りに長けた自社のノウハウを反映したいところだったが、あえて独自技術は盛り込まれていない。それでもベース車の使い勝手は、日常的な用途で不満なく対応できた。
パワートレインは 全車に2.2L直4エンジンを搭載し、トランスミッションには低速度領域での加減速における変速の滑らかさを追求した電子制御4速ATを採用。エンジンは最高出力147ps、最大トルク203N・mというパフォーマンスを有しており、2200回転から最大トルクの90%以上を発揮した。
走行状況に応じてエコノミー・スポーツ・スノーの3つのモードから最適な制御パターンの選択が可能なトランスミッションの効果も相まって、あらゆる走行状況においてスムーズな走りが味わえた。
優れた動力性能を発揮するだけでなく、ベースのザフィーラでも採用されていたNコントロール機構という燃料消費量の抑制に配慮した機能も備わる。これは、停止中にブレーキペダルに足を置くと、自動的にギヤがニュートラル状態に切り替わり、無駄な燃料消費を抑えるとともに静粛性を高めるというもの。これにより燃費は10.0km/L(10・15モード燃費)を達成していた。
デビュー当時発行されたカタログには「走れば、アウトバーン・クルーザー」という謳い文句があり、走行性能については相応の自信があったことがうかがえる。先述したエンジンの特性だけでなく、フロントにストラット式、リアをトーションビームトレーリングアーム式としながら、トラヴィック専用のダンパー設定が搭載された。
サスペンションは、低めの重心による効果も相まって、乗車人数や荷物の積載量に関わらず、優れた乗り心地と高い操縦安定性を両立。多人数乗り車のイメージを大きく変える走りの能力には、謳い文句が誇張した表現ではないことが実感させてくれた。
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■アウトバーンの超高速走行を想定した高度な安全性
大切な人を乗せるクルマとして安全性の追求にも余念がない。アクテイブセーフティでは、急制動時の安定性を高める4センサー4チャンネルABSの採用をはじめ、乗車人数や積載量により前後輪の加重割合が変化しても、常に後輪の制動力を最適に制御するEBDも備えている。さらに、滑りやすい路面でブレーキとエンジン出力を制御し、発進性能や走行安定性の確保に効果をもたらす、トラクションコントロールシステムも採用されていた。
万が一の衝突に対する備えも万全だ。トラヴィックには欧州基準の衝突安全性能が与えられており、各方面からの衝撃を効率よく吸収するセイフティ構造ボディの採用。乗員への衝撃を和らげる低圧タイプで大容量のデュアルSRSエアバッグを装備。全席に上下調整式ヘッドレストを備え、上級グレードであるLパッケージの運転席と助手席ヘッドレストには、追突時に上方前方に動いて頚部への衝撃を軽減するフロントアクティブヘッドレストが装備されていた。
このほかにも、前面衝突時にペダルが衝撃を吸収して運転手の下肢損傷を低減するセイフティペダル、肩ベルトと腰ベルトの双方から身体を拘束するベルトキャッチ式シートベルトプリテンショナー、衝撃を感知すると各ドアロックを解除するドアロック自動解除システムなどの機能が盛り込まれている。
こうした機能は高速移動を日常とするドイツ車ならではのものであり、ドイツ的な積極安全の考え方を継承したトラヴィックの安全性はミニバンクラスのなかでもトップレベルであったことは間違いない。
当時はまだミニバンというジャンルが成熟過程にあり、特に純国産モデルは居住性や実用性について過剰とも思えるほどの機能を与え、他車を出し抜くことに躍起になっていた。しかしトラヴィックは、ミニバン特有の機能についてはあえてシンプルであることに徹した感があり、それよりも走りのよさにこだわることで他のミニバンとは一線を画していた。
とはいえ、2000年代初頭に登場したミニバンのシートアレンジや収納スペースは、たとえそれが合理的ではなく、使い道がよくわからなくても、実用性の権化であるミニバンには必要なものであり、ユーザーに与えるインパクトも大きかった。
それゆえに必要最低限の機能にこだわったトラヴィックのシンプルさはデビュー当初こそ評価されたが、競合車との比較では物足りなさが強調されるとともに、欧州製ミニバンの国内ニーズに対する適合性が低いと評価されてしまう。ベースグレードが199万円、上級グレードのLパッケージで234万円という価格の安さだけで競合車に対抗できるわけもなく、登場からわずか3年で新車市場から姿を消してしまう。
ミニバンとして能力には不満がないうえに、ドイツのアウトバーンで超高速走行もこなせるという走りのよさを持つなど、トラヴィックはそれまでの国産ミニバンとはひと味違う、まさにマニアを唸らせるスバルらしい玄人好みのクルマだった。
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