誰もが参加できる入門編ラリーとして知られるTGRラリーチャレンジだが、11月29日-12月1日に行われた豊田特別戦には、まさかの「大型新人」がエントリーした。レーシングドライバーであり、TOYOTA GAZOO Racing WECチーム代表を務める小林可夢偉選手。光栄にもそのコ・ドライバーを仰せつかった筆者が、可夢偉選手の走りや参戦理由を助手席から直撃してみた!

文:山本シンヤ/写真:山本シンヤ、トヨタ自動車

■一番近い場所から「ラリードライバー可夢偉」を取材!

ラリージャパンの翌週、同じ舞台でTGRラリーチャレンジの特別戦が開催された

 ラリーの世界最高峰WRCの2024年シーズンを締め括る「フォーラムエイト・ラリージャパン」の翌週、ラリーの裾野を支える入門カテゴリーとなる「TGRラリーチャレンジ特別編 in 豊田」が開催された。ラリージャパンと同じ豊田スタジアムの特設コースを走れるため、エントリーは受付開始1分で埋まったそうです。

 そんな中、このラリチャレに“超”大型新人がエントリー。その人とは元F1ドライバーで現在TGR WECチーム代表兼ドライバーの小林可夢偉選手だ。なぜ、このようなことになったのか? それは昨年のラリージャパンの翌日に行なわれた2024年のTGR WRC/WECの体制発表会の後のぶら下がり取材の時でした。

 筆者(山本シンヤ)は可夢偉選手と話をしていましたが、そこを通りかかった勝田貴元選手に「僕、WRCに出たいんですよね」と相談。貴元選手は「まずは皆さんと同じようにラリチャレから初めてください」とアドバイスしていましたが、コドライバーの経験ある筆者はここぞとばかりに「いいコドラ、ここにいますよ(笑)」とちゃっかり営業……。

 この時は笑い話の一つでしたが、11月のある日、凄腕技能養成部部長代理(部長はモリゾウさん)の豊岡悟志氏から「ラリチャレ豊田、可夢偉さんが出るのでコドラお願いします」と連絡が。えっ、まさかあの時の話が本当に実現するとは⁉(驚)。

 この計画の主はモリゾウさんで、「一番近い場所を用意したので、可夢偉の取材よろしくね」と。実は筆者はラリチャレでは早川茂副会長のコドラを2年以上行なっていますが、「早川さんのコドラはノリさん(勝田範彦選手)に代わってもらいます」と。さらに「マシンは僕のGRヤリス(104号車)を使ってください」と、すべて準備万端です(笑)。

■知ろうという気持ちは人一倍

TGRラリーチャレンジに初参戦した小林可夢偉選手(中央)と筆者(左)

 筆者は可夢偉選手とはF1時代の接点はなく。その流れが変わったのは可夢偉選手が2021年のS耐24時間で水素エンジンカローラのドライバーとして参加した時だった。恐らく日本人の中で最も耐久レースを知る男なのにも関わらず初心者講習に出たり、夜間にトラブルが起きた時に自ら修理をするなど、人として面白いな……と。

 極めつけはゴール後の記者会見で「24時間レースを見届けたメディアの人は手を上げてください」と逆質問。ちなみにメディアは100人以上いましたが、手を上げたのは筆者を含めて3名のみ。この時に可夢偉選手に「リアルな戦いを伝えられるのはこの人たちだけ、絶対に記事を見ます」と言ってくれたのは、今でも覚えています。

 そんなこんなでタッグを組んだわけですが、ラリーの世界では筆者のほうが“いちおう”先輩。僭越ながらラリーのイロハをお伝えしましたが、どんなことでも熱心に聞いてくれる可夢偉選手。当然のことながら、今回も初心者講習にも参加しています。

「今回はプロドライバーではなく新人ドライバー」と気になる質問はどんどん投げかけ、「知ろう」という気持ちは人一倍。この貪欲な姿勢は筆者も見習いたいと思いました。

■レースを楽しむという気持ちを味わってみたい

ダート向けのセッティングにすぐさま気付いてしまうところがさすがトップドライバー

 土曜日はレッキを行ないペースノートを作成します。「あまり情報が多いと走っている時に悩んでしまいそうなので(笑)、シンプルでいいです」といいながらも、コーナーの曲率やライン取りの指示などは初ラリーとは思えない正確さです。筆者もそれにシッカリ応えられるようにしなければ(汗)。

 さらに驚いたのは、リエゾン区間で普通に走らせている時に「ダートで気持ちよく走れるセットなので、舗装路では曲がりにくいかも⁉」とモリゾウ号の特性を瞬時に見抜いたことです。でも、「普段はサイド使うことはないので、どうしようかな」と言いながらも、何だか楽しそうです。

 せっかくなので、レッキ中の一般道の移動区間で色々な質問をしてみました。そもそも、なぜラリーに挑戦しようと思ったのか?

「プロドライバーをしていると、『レースを楽しむ』という瞬間がありそうでない。そんな中で『その気持ちを味わってみたいな』と思ったのがキッカケです。それにラリーは一般公道を走る競技ですが、山道を全開で走る機会は僕でも経験がありません。さらにこれまでのレース人生の中で参加型のモータースポーツ経験はなく、実際に体験してその魅力を多くの人に発信し、もっとクルマ好き、モータースポーツ好きを増やしたいなと」

■現状に満足しない点はモリゾウ氏と同じ

ラリーデビューを果たした小林可夢偉選手。筆者がコ・ドライバーを務めた

 ちなみに可夢偉選手は、現在WECやスーパーフォーミュラにレギュラーで参戦していますが、今回のラリーはもちろん、フォーミュラEやNASCARなどにも挑戦しています。パワートレインもジャンルもレース運営も異なる様々なカテゴリーに参戦する理由は?

「様々なレースを実際に経験すると、各々のよいこと/悪いことが分かります。そんな経験をモータースポーツ運営に活かせないかなと思っています」

「例えば、NASCARは年間30戦前後のレースが行なわれていますが、なぜそれが可能なのか? 実は練習時間は土曜日に25分しかなくその後にすぐに予選があり、日曜日にレース。そのため、普通のレースでは一般的なセットアップ作業はファクトリーを出る前にほぼ完了。つまり、現場でアレコレする必要がない→メカニックに負担がかからない→数多くのレースがこなせます。ちなみにWECもレース前にシミュレーションでセットアップを決めますが、NASCARはその精度がより高いところにあります。そんなことを他のレースカテゴリーにもクロスオーバーできると何か変わるかなと……思ったりしています」

 つまり、モリゾウ氏と同じく現状に満足することなく、常に「もっといいモータースポーツ」を模索しているのです。

■WECもただ勝てばいいわけじゃない

さまざまなレースを経験してよいこと/悪いことを知ることが可夢偉選手のラリー参戦の理由

 続いてTGR WECチームについて聞いてみました。実はWRCと並ぶTGRのワークスモータースポーツの重要な活動ながらも、筆者はその意義・魅力が上手く伝わっていないと常に感じていました。

 モリゾウ氏も「WECのチームは今も昔もプロフェッショナルですが、モリゾウが大事に、そして目指すチームの理想は、あくまで『家庭的でプロフェッショナル』という部分。WECチームはそこが足りない」と語っていますが、筆者も同様の考えを持っていて本サイトでも厳しい指摘をしています。その辺りについて反論があるかどうか聞いてみました。

「いや、その通りですし我々の大きな課題だと認識しています。ひとつ分かっているのは、WECは“勝つ事”が最大の目的ですが、ただ勝てばいいだけではないということ。さらにトヨタの中でWECの拠点であるTGR-E(ケルン)の存在意義も再定義しないとダメだと思っています。我々の持つ技術が量産車に活かせることはたくさんあると思っていますが、残念ながらその連携は限定的です。要するに『トヨタの中のTGR-E』であることを忘れてはダメだなと」

「さらにメディアへの発信の仕方も変えていく必要があると思っています。単にレース状況だけを伝えるのではなく、何のためにレースに出ているのか? レースを通じて何を伝えたいのかをより明確にしなければダメですね。そこは中にいると分からなくなることですので、シンヤさんのような外からの目で見たことを包み隠さず教えてほしいです。そのためには、WRCだけでなくWECにも、もっと取材に来てください(笑)」

■スタート直後にいきなりミスコース!

最後のSS4はラリージャパンで使われた豊田スタジアム特設コース。なんと対戦相手は国沢光宏選手!

 日曜日、ラリー日和の中で開会式が行なわれました。今回は選手ではなくデモランを行なうモリゾウ氏は「豊田市わがまちアスリート」の認定式が行なわれました。その時にこのように語っています。

「いつもはエントラント代表で挨拶をしますが、今回は豊田市わがまちアスリートとしての認定にお礼申し上げます。今回は小林可夢偉選手が『出たい!!』ということで愛車を貸し、いつも早川さんとタッグを組む『山本シンヤさんをコドラにしたい』と言うので、早川さんは僕のコドライバーのノリさん(勝田範彦選手)を貸してしまったので、僕は参戦できませんでした(笑)」とあいさつ。これにはさすがの可夢偉さんもタジタジでした。

 サービスパークはスーパースターのラリー初参戦を聞きつけたファンだけでなく、参戦する選手もサイン&写真撮影の列が!! 可夢偉選手はできる限り対応している姿を見て、ファンを本当に大事しているな……と。

 そしてセレモニアルスタートを行ない競技開始です。SS1は豊田スタジアム横の河川敷を使ったショートコース。実はスタート直後の8の字でいきなりミスコース……。「サイドを使いながら回る所で、あまりにシンヤさんが『上手上手!!』と褒めるので調子に乗り過ぎて余分に回ってしまいました(笑)」と。ただ、それを差し引いてもそんなに悪くないタイムにビックリです(ミスコースなので記録としては最遅タイム+10秒)。

 SS2はトヨタテクニカルセンター下山内の特設ダートコースです。それほど難しいレイアウトではありませんが、起伏があるので先が見にくいコーナーが多め。さらにスタート順が最後尾に近いので数多くの車両の走行で路面コンディションもかなり荒れています。ただ、ここで可夢偉選手は2位との差を2秒近く離して全体ベストを記録!! 実はこの時、途中の360度ターンでサイドの使い方を失敗してわずかにロスをしていましたが、それがばければ、もっと凄いタイムでした。

■リエゾン途中にまさかのマックでドライブスルー!

チームのために買い込んだグラコロ20個をクルマに積み込む小林可夢偉選手

 可夢偉選手のドライビングは決して無理をすることなく、とにかくクルマなりに走らせています。ステアリング舵角は必要なだけ、スライドもするかしないかのギリギリのところを上手に使いながら……と、とにかく無駄がありません。実はこのコースは短いため、ペースノート指示は最小限にしていましたが、そのおかげでドライビングをジックリと堪能することができました(笑)。

 SS3は今回唯一の林道です。道幅は狭い上にタイトなコーナーが連続するレイアウトで、レッキの時に可夢偉選手は「こんなところ走るの?」と驚いていました。ただ、いざスタートするとそんな心配をよそに快走。ちなみに初の林道にも関わらず、全体で10位以内に入るタイムを記録。曲がりにくいクルマをねじ伏せることなく上手に曲げるコントロールはとても勉強になりました、もちろん、筆者が夜なべして作成したペースノートの指示も役に立ったと信じています。

 SS3が終わり、サービスパークに戻るリエゾンの途中で、「シンヤさん、リエゾンではどこかに立ち寄ってもいいんですよね?」と。「もちろん指定時間にTC(タイムコントロール)に辿り着ければ問題ないですよ」と伝えると、「マクドナルドに寄りませんか? グラコロ出たばかりなので食べたくて(笑)。せっかくなのでチームメンバーのお昼も一緒に買って帰りましょう」と。

 そこでコドラの筆者はスマホでモバイルオーダー(グラコロ20個!!)。「出来上がりました」の連絡がなかなか来ないのでドキドキしましたが、お店に到着するとすでに出来上がっていて一安心。ロスタイムはわずかで問題なくTCに到着。それにしてもレーシングスーツでマクドナルドに行くとは夢にも思いませんでした(汗)。

「レースだとドライブスルーは“ペナルティ”ですが、このドライブスルーは“おいしい”から嬉しい」とリップサービスも忘れていません(笑)。もちろんグラコロは本当にチームメンバーのお昼ご飯になりましたが、その一つを食べたモリゾウ氏は、「初めて食べたけど、これは美味しい」と大喜び。

■ラリーの「探り探り」が楽しいし新鮮!

自身のマシンを貸し出してくれたモリゾウ選手と小林可夢偉選手

 短いサービスを終え、最後のSS4である豊田スタジアムに向かいます。ここでは2台同時に走りますが、その相手は同業の国沢光宏氏のミラ・イースターボです。ここもコースは分かりやすいのでペースノート指示は最小限でドライビング堪能モードに(笑)。タイヤが冷えていたのでスタート後は挙動がわずかに乱れロスしましたが、それ以外はほぼ完璧なドライビングであっという間にフィニッシュ。タイムは全体2位でしたが、1位との差はわずか0.3秒!! 可夢偉選手は「ギアの選択が難しいコーナーが多かった。全体ベストを狙っていたのでちょっと悔しい」とのことでした。

 結果は総合で7位、SS1のミスコースがなければ…‥と思う所もありますが、それも含めて「これもラリー」です。

 最後に可夢偉選手に全体の感想を聞くと、嬉しそうな表情で「とにかく最高の一日で、滅茶苦茶楽しかったです。レースでは、知らないサーキットを走るということがほとんどありませんが、ラリーのこの“探り探り”が楽しいし新鮮でした。最初はリザルトのことは全然気にしていませんでしたが、終わると悔しさが芽生えたので、チャンスがあったらまた参戦したいと思います」と。筆者もリベンジして次は一緒に表彰台に上がりたい!!

 その後、筆者は勝田貴元選手にバッタリ会いましたが、開口一番で「可夢偉選手、大丈夫でした?」と。とても楽しんでくれたこと、そして喜んでいたことを伝えると、「ラリーを好きになってくれて本当に嬉しい」と。

 今回のようなモータースポーツのクロスオーバーは筆者も大歓迎です。可夢偉選手のような影響力のあるレーシングドライバーが実際に体感して、ラリーの魅力を色々な形で伝えてくれることにより、今まで知らなかった人/興味を持っていなかった人にも伝わり、結果としてラリーだけでなくモータースポーツ全体がより身近になってくれると嬉しいです。

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