2001年刊行のベストセラー、『ザ・ゴール』
オンライン証券やアセットマネジメント、暗号資産取引所などの金融サービスを提供するマネックスグループ。同社取締役兼執行役の山田尚史さんは、人工知能(AI)研究で知られる東京大学の松尾豊研究室を卒業した後、AIベンチャー、PKSHA Technology(パークシャテクノロジー)を起業したAIの専門家で、また宝島社主催の「第22回『このミステリーがすごい!』大賞」で大賞を受賞した小説家でもあります。そんな山田さんに、生成AI時代に読むべき本を挙げてもらいました。

今こそ読み直したいベストセラー

今回は私の専門でもあるAIを活用するために役立つ3冊を紹介したいと思います。

『 ザ・ゴール 企業の究極の目的とは何か 』(エリヤフ・ゴールドラット著/三本木亮訳/ダイヤモンド社)は2001年に刊行されたベストセラーですが、今読んでも古さを感じさせません。制約条件の理論(TOC/Theory Of Constraints)について書かれており、それは「製造工程のボトルネックは、最も処理速度の遅い部分で発生する」ということです。今、私たちがこの言葉を聞くと「そんなの当たり前でしょ」と思うのですが、当たり前すぎてその事実を忘れていないでしょうか。

かく言う私も、この本を読んだのは10年ほど前でPKSHAを起業した頃。当時、私はソフトウエア・エンジニアリングのプロジェクト進行を担当しており、基本設計からコーディング(プログラムを書くこと)、デバッグ(バグを見つけて修正すること)、品質管理、検品、納品あるいはリリースといった一連の流れをもっと洗練できないかと考えていたところでした。本書でボトルネックにフォーカスする重要性に気づき、なるほどとうなりました。

結局はボトルネックの前後の工程で、どれだけ処理速度を速めたとしても意味がありません。製造業であれば前工程で部品をたくさん作ってプールしておけばいいと考えがちですが、むしろ余剰在庫ができ、損をする可能性もあります。

そして、ChatGPTなどの生成AIが出現した今こそ、この本を読み直すべきだと思っています。ChatGPTが誕生したことでプログラミング言語ではなく自然言語、つまり人間の言葉でソフトウエア同士が連携できるようになりました。これからはどんな仕事であれ、業務の自動化がますます進むでしょう。

そんな中で、自らの仕事のボトルネックに注意を払っていない状況というのは、もしかしたら仕事のやり方を間違えているのかもしれません。まずは普段、自分がしている仕事を「電力とパソコンだけで代替できないか」と考えてみる。「できるはずがない」と思うかもしれませんが、今は会議の議事録も自動で文字起こしや要約ができますし、それをメールで一斉送信することもできます。書類に修正を入れたり、自動で集計したりもできます。そうなると、会議に出席している人の数時間分の仕事が減り、10倍の成果を出すことも可能になるかもしれません。

マネックスグループ取締役兼執行役の山田尚史さん

今後、自動化の威力や影響範囲は爆発的に広がっていくでしょう。そんな中で人間がする仕事は、自ら手を動かして作業することではなく、自動化された作業の監督や運営になっていくと思います。作業全体を監督する立場であるならば、工程を見渡し、ボトルネックを見つけることに意識が向いているべきです。「今の自分の仕事のやり方を見直してみる」重要性から、この1冊を選びました。

達人プログラマーの思考とは?

続いて紹介するのは『 リファクタリング・ウェットウェア 達人プログラマーの思考法と学習法 』(Andy Hunt著/武舎広幸、武舎るみ訳/オライリー・ジャパン)です。

技術を習得する方法を説明する『リファクタリング・ウェットウェア』

この本では、右脳と左脳の特性やさまざまな実験を通じて得られた知見をもとに、技術を習得する方法が紹介されています。いうなれば「脳をデバッグする1冊」。著者はプログラマーですが、特定の技術だけではなく一般的な技術の習得にも生かせますし、「初心者が達人になるためには、どういうステップを踏んでいくか」についても書かれています。

AIによって仕事の自動化が進むと、「平均以下の能力は価値がゼロになる」とも言われています。今後、何かの技術に熟達することは生きるために必要となるでしょう。

ただ難しいのは、あまりにも重要な分野では、その分野を自動化するために投資や研究が進む可能性があることです。例えば、食品会社が季節限定の新商品を開発する場合、製造工程で新しいパッケージを自動認識することは技術的には可能ですが、学習データを集める手間やコストよりも新商品発売のサイクルのほうが早いため、コストに見合いません。しかし、超難解なプログラミングを自動化する投資・研究をするとなると、画像認識よりもはるかに難しい問題であるものの、その成果も大きいため莫大な費用を投資してもリターンが得られます。要は自分が着目した分野が、重要であるがゆえにAIに追いつかれてしまう恐れがあるのです。

「どの仕事が残るのか」を予測するのは難しいのですが、やはりAIを作る側の仕事は強いかもしれません。それから人の心に寄り添う、IQ(知能指数)よりもEQ(心の知能指数)が必要とされる仕事は需要があると思います。

ロールモデルが少なかったエンジニア

次は、『 エンジニアのためのマネジメントキャリアパス テックリードからCTOまでマネジメントスキル向上ガイド 』(Camille Fournier著/武舎広幸、武舎るみ訳/オライリー・ジャパン)です。

エンジニアのロールモデルを示す『エンジニアのためのマネジメントキャリアパス』

この本が発刊されたのは5年前ですが、実は当時、「エンジニアがどういうキャリアを歩んでいくべきか」は手探りの状態でした。私もPKSHAを起業したとき、自分が誘って入社してくれた社員もいたので、彼らに一定のキャリアを指し示す責任があると感じていました。しかし、そのロールモデルがなかなかないのです。そんな中で、インターンのメンターを始め、テックリード、チームをまとめるエンジニアリングリード、複数チームを管理する技術部長といった役割について解説されている本書に出会い、救われた思いがしました。

エンジニア向けの本ではありますが、「経営幹部を目指すにはどうしたらいいか」「どのように時間管理をするか」「対立を解決するには?」など、具体的なテクニックも紹介されています。また、当時におけるエンジニアのように、これから未来に生まれる新しい仕事に就いたとき、そのキャリアを考えるお手本にもなると思います。ビジネスパーソンにお薦めの1冊です。

ザ・ゴール ― 企業の究極の目的とは何か
  • 著者 : エリヤフ・ゴールドラット
  • 出版 : ダイヤモンド社
  • 価格 : 1,760円(税込み)

この書籍を購入する(ヘルプ): Amazon楽天ブックス

山田尚史
マネックスグループ取締役兼執行役。神奈川県横浜市出身。1989年生まれ。開成中学校・高等学校を卒業後、東京大学理科一類に進学し、工学部松尾研究室に所属。2011年、ソシデア知的財産事務所に入所。12年、AppReSearch(現PKSHA Technology)を設立し、同社代表取締役に就任。21年6月よりマネックスグループ取締役、22年4月より同社取締役兼執行役。24年1月に「第22回『このミステリーがすごい!』大賞」大賞受賞作品の『 ファラオの密室 』(宝島社)が発売される。

(取材・文:三浦香代子、写真:品田裕美)

[日経BOOKプラス2024年1月4日付記事を再構成]

最新記事、新刊、イベント情報をSNSやメールでお届けします
日経BOOKプラスの最新記事や「日経の本」の新刊、話題の本、著者イベントの予定など、ビジネスパーソンに役立つ情報をSNSやメールでお届けします。
https://bookplus.nikkei.com/atcl/info/mailsns/

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。