親が育てられない赤ちゃんを匿名でも預かる『こうのとりのゆりかご』や『内密出産』をめぐるシンポジウムが開かれた。熊本市にある慈恵病院が運営する『ゆりかご』には、これまでの17年間に179人が預け入れられていて、今回のシンポジウムで『内密出産』の事例が30例となったことを明らかにした。
シンポジウムの公開の場で議論
シンポジウムでは成長する子どもたちに別に親がいることを伝える『真実告知』、そして子どもの『出自を知る権利』をテーマに活発な意見が交わされた。
この記事の画像(16枚)慈恵病院の蓮田健理事長は「出自を知る検討会が去年から始まり、どうしてもオープンでないので、議論の過程が見えにくい部分があり、公開という形で議論の場を設けたいと思い今回企画しました」と話す。
国内で唯一、慈恵病院が取り組む『ゆりかご』や『内密出産』をめぐり、熊本市と慈恵病院は2023年に共同で検討会を設置。子どもの出自を知る権利や真実告知のあり方について議論を続けている。
里親・里子の当事者が経験した真実告知
シンポジウムでは当事者が登壇し、真実告知について自身の経験を語った。兵庫県で、小学生と就学前の3人の里子を育て、夫も養子当事者という谷口奈都子さんは「子どもへの告知を始めている」と言う。
谷口さんは「我が家の告知はあらたまって言うものではなく、普段の生活の会話の中で伝えてきました。子どもが気になったときに気になったことを質問してくる感じです。小さいうちから告知をした方がいいと思っていますが、すべてを早くに言わなければならないとは思っていません。いろんなことを経験し心の成長に合わせて話していければと考えています」と話した。
また、福岡県の社会福祉法人甘木山学園で子どもたちの支援に携わる荒尾市の坂口明夫さんは、里子として7つの家庭で育った。坂口明夫さんは「私自身は簡単に言うと不倫で生まれた子どもでした。だから認知されるまでに何年か空白があって。『よく乗り越えてきましたね』と言われるのが一番むかつくんです。乗り越えてません。向き合い続けているだけです。親がおらんやった、名字も何回も変わった。僕だけサンタさん来なかったんです。実子には届くけど、僕にはクリスマスプレゼントが届かない」と幼少期を振り返った。
社会的養護の当事者である坂口さんは「真実告知には親の支援が必要」と話し、「(告知をする親などが)子どもと向き合うための『武器』をちゃんと私たち支援者が渡せているのか。武器も持たずに向き合えというのは無理です。そして仲間がいるということ。同じ環境の人たちと本音で話し合って、弱さや分からなさも含めて共有できる人。親だけの責任で勝負させるのではなく、一定のシステム(が必要)」と語った。
慈恵病院の蓮田健理事長が「(生みの親が)別にいるんだということは最低限知らせましょうと、という共通認識でいいでしょうか」と尋ねると、坂口さんは「産んでくれた人は確かにいるんだよ。でも実際あなたを愛情をもって接しているのは、私なんだよと」と答え、谷口さんは「うちのお兄ちゃんは年長さんの時に『ほんまの家に帰りたい』という言葉を発してます。思春期の中学生くらいのときに言われるかなと覚悟していたら、まさかの幼稚園のときに言われたから、親が思っている以上に子は感じているし、分かっているので親が心配するのではなく、分かっている事実をきちんと伝えてあげればいいと思います」と実体験を交えて答えた。
ドイツ・フランスの出自を知る権利は
シンポジウムには、熊本市と慈恵病院による出自を知る権利検討会の委員も参加。そもそも『出自』とは何を指すかについては、内密出産などの先進地である海外の事例が紹介された。
2014年に内密出産法が成立したドイツについて、千葉経済大学短期大学部の柏木恭典教授が「出自を知る権利に基づいて出自証明書が出され、母の名前、生年月日、住所は絶対に義務として書かなきゃいけない」と説明した。
また、民法で匿名出産を規定しているフランスについては、フランス社会福祉研究者の安發明子さんが「フランスは二つのファイルに分けていて、一つが『開かれたファイル』、子どもから問い合わせがあったときは見ることができる内容。(母の)年齢、国籍や出身、目の色、髪の色、住んでいる地域…。(もう一つは)『閉じたファイル』といって、封筒で親自身が個人情報を残すことができる」と紹介した。
石黒大貴弁護士は「なぜ自分がここにいて、今のお父さんとお母さんがいるのかというのが、出自情報のコアな部分でないかと思うようになった。実は(母親の特定につながらない)開かれたファイルに大事な情報が詰まっていることはある」と指摘し、児童養護施設職員の秋月穂高さんは「情報を子どもがどう受容していくのかという過程が重要と思う。開示できる情報とそうではない情報を含め、どういうふうにしていくのか、日本独自で考えていく必要性がある」と述べた。
一方で、母親の情報をどこまで伝えるべきか、特別養子縁組のあっせんを行うNPOのBabyぽけっとの岡田卓子代表は「慎重であるべき」とし、その理由に「養子であることは絶対言わないといけない。重い内容のときはレイプで生まれたとか、親が犯罪者とか、私はそれはいいのかな、と。違う言い方で考えてもいいと思っています」と話した。
計1800人が視聴したシンポジウム
また、今回のシンポジウムで蓮田理事長は内密出産が30例となったことを報告。病院で保管している母親の情報管理について不安を口にした。
石黒大貴弁護士は「慈恵病院に任せっきりに、負担になるようにお願いしていいのか。そうなると公的な機関設置が望まれるが、その場合は立法が必要になる」と課題を述べた。
元福岡市児童相談所長の藤林武史さんは「児童相談所、養子縁組あっせん機関、慈恵病院で十分検討して、どのように何を伝えるか、日本の今の制度の中でベストな選択を、それぞれの専門職種が、経験と知恵をを合わせ伝えていくことになるのではないか」と話す。
2日間にわたって開かれた今回のシンポジウムは会場に約200人、ウェブを通じては約1600人が視聴したということだ。
シンポジウムに参加した千葉の女性は「私たちに何ができるのかなと、もっと真剣に向き合って考えていく、いいきっかけになったなと思いました」と話し、埼玉から参加の専門里親の男性は「これまでに社会に対して、大きなテーマを投げかけてくださった発信元の熊本ですので、ここを起点に全国の仲間が地域へ戻って、何かしらの活動をしていければいいのかなと思っています」と話すなど、今後への大きな糧になったようだ。
2024年12月に出自を知る権利に結論へ
熊本市と慈恵病院による検討会は今、出自を知る権利についてこれまで日本にはなかった一定の指針をつくろうと議論を続けていて、慈恵病院の蓮田理事長は「少し形が見えてきた気がしまして、今後の出自を知る検討会の流れも(今回のシンポジウムに)つくってもらったような気がします。貴重でした」と話した。
検討会は2024年12月に結論を示す方針だ。
(テレビ熊本)
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