『レディ・ムラサキのティーパーティ』

『レディ・ムラサキのティーパーティ』毬矢まりえ・森山恵著(講談社・2640円)

長大な源氏物語を世界で最初に英語に全訳したアーサー・ウェイリー。その膨大なテキストを、さらに日本語へと再翻訳するという偉業をなし遂げて話題を集めた二人の姉妹による新刊である。時空を往復したようなこの試みを「らせん訳」と命名し、丹念な作業の歳月に浮かんだ発見や発想を大いに語っている。

源氏物語はもちろんだが、その翻訳の際に彼が重ねていると推察できる他の名作の場面の味わいや、日本と異国をめぐる印象や視点の違いの面白さが言葉を真ん中にして詳しく説かれてあり、幾重もの読み解きの道が正に螺旋(らせん)状に見えてくる。例えば小袿(こうちぎ)という衣。「注目したいのは、そう、ウェイリーが小袿をスカーフに置き換えて翻訳したことだろう」。謎は国境と時を超えて多角的に明かされる。いくつもの真実を集めるようにして「らせん訳」でもそう記された理由が語られる。

ウェイリーは辛抱強く翻訳をしながらいつも紫式部の気配を感じてきた。迷いが深まった時に、続けてください…という本当の声が聞こえた気がしたという不思議な文章を残している。その感慨に触れた二人もまたそれを耳にしたような気がして、ずっと励まされてきた。「ひとり孤独に、紫式部と対話しながら、千年前の未知の国の物語と向かい合ったウェイリー。『あなたが続けるしかありませんね』のことばにわたしたちも励まされ、涙し、ふたたび翻訳に向かったのである」

大いなる海の創造主が紫式部であるのならば、この姉妹もまた言葉と物語の灯を求めて初めはあてもなく夜の波間へと舟を漕(こ)ぎ出した。しだいに果てしのない旅のなかで確かな海路図を得ていくのが分かる。ストーリーに内在している生の声の明かりに、翻訳という現場で強く深く導かれていった二人の姿が見えてくる。

時の彼方を舞う様々な円の形を、軽快で楽しい語り口と共に味わいながら、先を追いかけてみたくなる。海原を進む櫂(かい)が手渡された気がした。

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