『頭上運搬を追って』

『頭上運搬を追って』三砂ちづる著(光文社新書・946円)

頭上運搬とは聞きなれない響きだが、文字通り、頭の上にものを載せて運ぶこと。日本ではほとんど見られなくなったが、アフリカや東南アジアでは今でも一般的な運搬方法である。水、食料、行商で売り歩く農作物や魚など、30キロ以上を頭に載せて運ぶ。担い手は伝統的に女性で、男性は肩に担ぐことが多い。

かつて伊豆諸島の神津島には21貫目、約78キロも運んだ女性がいたという。過去に頭上運搬を行ったことがある女性たちに聞き取り調査をしたところ、ほとんどの人の答えが「やればできる」だった。背景にはそうせねばならぬ苦しい生活があり、過酷であればあるほど、頭に載せたものを落とすことなどあってはならなかった。

アフリカへフィールドワークに出かけた日本の女性研究者は訪れたその日に水くみのバケツを頭に載せられた。土地の女性ほどではなくても、滞在期間中に頭上運搬ができるようになるのだそうだ。

身体に眠っている潜在能力を呼び覚まそうと、著者はさまざまなものを載せて試行錯誤する。コツは自転車の乗り方同様、個人の身体能力と感覚を研ぎ澄ますことによってのみ会得できる。頭上運搬の技法、用いられる道具、関連の言葉は担い手である女性の身体感覚をもとに培われてきたのだ。

自動車の普及は女性を頭上運搬の労役から解放した。著者はその恩恵を十分に認めた上で、頭上運搬の姿勢と所作の美しさに注目する。「頭にものをのせて運べたころの、自分の身体への理解と直感の力、意識の力がなくなってくることが、私たちの人間としてのあり方になんの影響もない、とどうしていえようか」という問いかけは心に響く。

本書を読むと、知っているつもりの自分の身体をはたしてどれだけ理解しているのか心もとなくなる。潜在能力は呼び覚まさなければ一生眠ったままだ。現代の便利で快適な道具の数々は、身体にとっては睡眠薬として作用しているのかもしれない。

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。