親が育てられない赤ちゃんを匿名でも預かる慈恵病院の『こうのとりのゆりかご』などをめぐり、赤ちゃんの『出自を知る権利』をどう保障するかが今、課題となっている。2024年7月に熊本市で九州地区里親研修大会が開かれ、子どもにとっての出自・生い立ちの大切さについて初めて議論されたが、この日、一人の少年が東日本から熊本にやってきた。かつて『ゆりかご』に預け入れられ、10代になった少年だ。

『子どもが生い立ちを知る大切さ』

2024年7月に実の親と暮らせない子どもを養育する里親など関係者が集まり、熊本で開かれた九州地区里親研修大会。対面での開催は5年ぶりとなった。パネルディスカッションのテーマは『子どもが生い立ちを知る大切さ』だ。

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元熊本県中央児童相談所課長でNPO法人優里の会理事長の黒田信子さんは「こうのとりのゆりかごや内密出産という、実親を知らない、また実親が分からない、そういう子どもたちが熊本の中でたくさん育っています。また実親が分かっても、なぜ一緒に暮らせないのか、理由を知りたいと思いつつも、話せない子どもたちもいます」と述べた。

さまざまな理由から親と暮らすことができない子どもは、公的な責任のもと社会的養育の対象として里親家庭や児童養護施設などで生活している。

昨年度まで熊本県中央児童相談所に勤務していた小田友子さんは「なぜ自分はここにいるの?自分が悪いからここに来たの?ここに来る前、どこで生まれどこで育ったのか、家族は今どこで何をしている?きょうだいはいるの?いろんなことを考えているかも知れません。私は実親について子どもに伝えるとき、どんな親であっても子どもにとっては大事な存在であり、虐待の事実などをなかったことにすることはできないけれども、大切なのは過去の出来事の意味を変化させることだと思っています。虐待の場合『僕が悪い子だったから』ではなく、お父さんやお母さんが子育ての方法を間違ったんだとか、意味づけを変えていくということが大事かなと思っています」と話す。

子どもが求めるのは日常の記録や記憶

全国里親会会長の河内美舟さんは「真実告知、子どもは自分の真実を知る権利がある。外部から、ご近所から、あるいは他の所から言われると(子どもは)ショックを受けるから、なるべく身近な人から伝わるといいなと思ってます」と話した。

熊本市で乳児院や児童養護施設の施設長を務める潮谷佳男さんは、卒園した子どもがのちに園を訪れ聞かれたことについて、「『どのおもちゃで僕は遊んでた?』『ご飯は何食べてたの?』『僕が寝てたベッドどれ?』その時に気づいたのが、大人が思っているような記念日的な記録・記憶ではなく、子どもがほしいのはどちらかというと日常の記録・記憶なんですよね」と話す。

潮谷さんは「3年ほどかかりましたけど、うちの園で作りました。入所してから卒園するまでの記憶を埋めるために、オリジナルのライフストーリーブックを乳児ホームの子どもたちが卒園するときに10年以上前から手渡しています。もちろん寝ていたベッドとかお気に入りのおもちゃ、それを写真に残しています。将来、真実告知やライフストーリーワークの副読本として利用していただければ語る人がいなくても、子どもたちの記憶の連続性を担保できるかなと思います。今でもスタッフが一生懸命作成しております」と話した。

『ゆりかご』に預けられた宮津航一さん

そして、自らをゆりかごに預け入れられた子どもと公表している熊本市の大学3年生・宮津航一さんも「3歳の時に『こうのとりのゆりかご』に開設初日に預けられまして、それから児童相談所で約半年ほど一時保護を経て、里親の両親のもとに3歳の頃に引き取られました。私の場合、生い立ちは『ゆりかご』に預けられたとき、服と靴しかなくて、なんで自分だけないんだろう、だからといって自分がどうあがいても見つけられるものではないという、寂しさというよりもどかしさという感覚があった。なぜ自分がこの生い立ちを乗り越えられたかというと、告知の話になるが、しっかりと告知を両親がしてくれたこと、幼少期からずっと伝え続けてくれたということ、それをプラスに伝え続けてくれたということなんです」と当事者として発言した。

また、宮津さんは、のちに分かった自分の生まれた故郷を今の両親と旅した経験を「(生い立ちに関して)何か分かるかなと思いながらも、ほとんど分からない。でも自分の中では満足感があって、分からなかったけれども、自分でしっかり確かめられた。それに里親の両親もしっかり寄り添って『一緒に探そう』と。僕一人だけではなくて、両親も一緒にそこに寄り添って一緒に考えてくれたということは非常に大きかったなと。子どもたちが生い立ちを知ることは大切だし、そこにどういう人が寄り添うか。子どもだけで生い立ちをつくっていくのではなくて、周りの人、養親さんや施設職員さん、その子に関わっている人たちが一緒にパズルのピースを作っていくことがやはり大切だとその時に感じました」と述べた。

『ゆりかご』に預けられた10代の少年

子どもが生い立ちを知ることの大切さについて議論されたこの日、一人の少年が母親と一緒に熊本へやってた。「自分の意思で熊本に?」という記者の問いかけに、少年は無言でうなずいた。

少年は、熊本市の慈恵病院の『こうのとりのゆりかご』に預け入れられ、その後東日本の夫婦のもとで成長。10代になった少年は自分の生い立ちを知りたいと思っていた。

少年は「(預け入れられた)当時のこととかを知りたい。自分の生い立ちを知りたい」と話した。

【後編】の『ゆりかご』に預けられた少年への密着取材は以下の記事で
「生い立ちを知りたい」自身のルーツ求め『ゆりかご』に預けられた少年が熊本に 『出自を知る権利』の現状【後編】

(テレビ熊本)

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