陽子線治療(写真)などの粒子線治療は正常組織にダメージを与えない BSIPーUNIVERSAL IMAGES GROUP/GETTY IMAGES

<周囲の正常組織にダメージを与えない「粒子線治療」に注目が集まっているが、その利用を巡って医療現場では「ひずみ」も生じている──>

ダメージを少しでも減らす目的で、低い線量のエックス線をさまざまな角度から分散して照射し、狙った部位に必要な線量を当てる「IMRT」という照射法も普及しているが、それでも周囲の組織が無傷となることはない。

そこで近年注目されているのが「粒子線治療」だ。粒子は質量の軽いものから負パイ中間子、陽子、中性子、ヘリウム、炭素、ネオン、シリコン、アルゴンなどがあるが、がん治療に用いられるのは「陽子線」と「炭素線」。質量の大きい炭素線を「重粒子線」と呼ぶのが一般的だ。

この粒子線治療の最大の特徴は、周囲の正常組織にダメージを与えることなくがんだけを狙い撃ちする点、つまり「低侵襲」に尽きる。

照射源から一本の細い筋となって体内に侵入し、あらかじめ計算してターゲットとしていた部分で一気に最大線量に増幅。しかもその先には進まない「ブラッグピーク」と呼ばれる、まるでがん治療のために存在するかのような特性を持っている。

つまりがんの周囲の臓器はほぼ無傷のまま、がんだけを無力化することができる。

新技術ゆえ「ひずみ」も

同じ粒子線治療でも、「重粒子」と聞くと、陽子線よりも殺傷能力が高そうなイメージを持たれがちだが、必ずしも質量の大きさが治療成績に反映されるとは限らない。威力が大きい分、どうしても周辺臓器への影響を考慮する必要が生じる。

そのため実際には線量を下げた状態で照射することもあり、がん種によっては陽子線と治療成績に差が出ない──という結果もある。

新しい技術が登場すると、「われ先に」と飛び付くのが人間の性(さが)ではあるが、その影響としてがん放射線治療の領域に「ひずみ」が生じ始めている。

従来のエックス線治療よりも粒子線治療を、同じ粒子線治療を受けるなら陽子線治療よりも威力の大きい重粒子線治療を──と考える人が少なくないのだ。

一方、治療を行う医療機関の側にも「ひずみ」がある。日本では現状、重粒子線治療の約6割、陽子線治療の約5割が前立腺がんを対象に行われている。確かに前立腺がんは粒子線治療が健康保険の適用対象だが、この割合はかなりいびつと言えるだろう。

前立腺がんは一部を除いて進行が遅く、治療を急ぐ必要のないケースも少なくない。

逆に肺や食道、肝臓のように「心臓に近い部位」のがんは、IMRTが当たると数年から十数年という単位で被曝によるダメージが表面化し、晩期障害としての心不全で命を落とすケースも指摘されている。また小児がんのように発育障害や再発のリスクを考慮すべきがんにも、粒子線治療は有効だ。

粒子線治療を行うには、広い敷地と極めて高額な先行投資が必要だ。それだけに、手っ取り早く前立腺がんで売り上げを伸ばそうと考える経営戦略も分からないではないが、医療である以上は合理的な優先順位を付けるべきだろう。

鉄道に例えるなら、重粒子線治療は新幹線、陽子線治療は在来線の特急、IMRTは山手線や大阪環状線のような近距離電車のようなもの。


「急を要さない前立腺がん」に重粒子線治療や陽子線治療を行うのは東京駅から品川駅まで行くのに新幹線や特急列車に乗るようなもので、効率的とは言えないのだ。

「健康保険が適用だから」と安易に捉えるのではなく、その疾患に最適な治療は何かを冷静に考える必要がある。

3次元の照射が可能に

そんな粒子線治療の世界に、大きな変化が起きようとしている。「ProBeam360°(プロビーム)」と呼ばれる最新型の陽子線照射システムが臨床導入を控えているのだ。

アメリカのバリアン メディカル システムズ社が開発したプロビームは、超電導サイクロトロンという加速装置を導入することで1回当たりの治療時間を短縮。

併せて360度全方位からの3次元照射を可能とし、あらゆる部位のがんに、大きさや形状に関係なく正確な照射ができる「スポットスキャニングシステム」を搭載した、陽子線治療装置の「究極の進化版」といえる放射線治療装置だ。

今年4月に日本初、世界でも2台目のプロビームが、岐阜県美濃加茂市の中部国際医療センターで稼働開始した。

先に触れた食道や肺のように「心臓に近い臓器」への照射において、その優位性を特に発揮するプロビーム。同センターでは従来から、腫瘍の近くにカテーテルで抗がん剤を注入して放射線を照射する「選択的動注併用放射線治療」に取り組んできた経緯がある。

これまでは舌がんを対象とした治療が行われてきたが、これにプロビームを使用することで、従来のIMRTを上回る治療効果が期待できる。

このように「プロビームならでは」「陽子線ならでは」の症例から優先順位を付け、難度が高いとされたがんの治療にもこの設備を有効活用していくことで、陽子線治療の、ひいては粒子線治療を含む放射線治療全体の治療成績の底上げを目指す。

がん治療における放射線治療の存在意義が、今後飛躍的に拡大していく可能性を秘めているのだ。

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