奈良市の興福寺に伝わる室町~江戸時代の僧侶の手記「多聞院日記」にある多様な発酵食品を復活させようと僧や研究者、発酵の専門家らが今夏、初めての再現研究会を作った。第1弾は1539年から50年間ほどの日記にたびたび登場する「唐味噌(とうみそ)」。ラーメンに合う唐辛子入りの辛みそを思い浮かべがちだが、実は現在のしょうゆに近い調味料だったらしい。戒律で肉食が禁じられた僧らが、食事を楽しむため試行錯誤して調理した当時の味の復刻を目指す。
多聞院日記は興福寺子院・多聞院の僧らの140年間に及ぶ記録。戦国時代の事件やうわさも記され、重要な歴史資料とされる一方で、日常の記述も多く、当時の生活様式を知る民俗資料としても近年注目されている。僧らは当時国内初という3段仕込み製法による酒の醸造や日本に入ってきたばかりの唐辛子の栽培など新しいことにも果敢に挑戦しており、みそだけでも6種類が登場するという。
研究会の設立は興福寺の辻明俊執事長が発案。大学の研究者ら専門家を委員に迎え、オブザーバーとして酒蔵や飲食店の経営者にも入ってもらった。
研究会によると、第1弾の唐味噌は、中国から薬として入ってきた調味料の「豉(ち)」が由来のひとつ。豉は煮豆をこうじ菌で発酵させた調味料で、唐味噌はこれを基に寺で独自に発展したと考えられるという。委員で発酵マイスターの資格を持つ文化財研究者の阿部咲季香さんが多聞院日記の記述通りの配合(豆1:米1:塩1)と加工法で唐味噌を試作したところ、しょうゆに近い黒い調味料になった。県内のしょうゆ業者にも見てもらうと、「味はほとんどしょうゆと同じ」と評価されたという。
研究会では当時と同じ天然のこうじ菌での発酵を目標にしており、江戸時代の農業書「広益国産考」に記述のある稲わら由来のこうじ菌の分離にも挑戦している。こうじ菌はカビ毒を作る菌と近縁種で、独自の菌の栽培は危険も伴うが、委員の渡辺大輔・奈良先端科学技術大学院大准教授(微生物学)は「こうじ菌が作る毒素は組成が解明されていて、慎重に進めれば危険を回避することは可能。天然由来の菌を活用できれば、今のしょうゆとは違う味に仕上がるはず」と話す。
辻執事長は「現代でも扱いに苦労するこうじ菌を当時の僧が巧みに使っていたことが驚きだ。多くは失われてしまったが、歴史に裏付けられた豊かな食品文化を寺が脈々と伝えていたことを明らかにしたい」と話している。
研究成果は9日、東京で開かれている日本醸造学会で発表される。【稲生陽】
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