新たな治療法は脳内に蓄積するタンパク質を標的にする従来型と異なり糖代謝改善を狙う ILDAR IMASHEV/ISTOCK
<ある種のタンパク質が脳細胞の内部などに蓄積することが原因の1つとされるアルツハイマー病だが、特定の抗癌剤には糖代謝を改善させる効果が見られた>
ある種の抗癌剤でアルツハイマー病の症状を改善できるかもしれない。そんな期待を抱かせる論文が8月22日付の学術誌サイエンスに発表された。患者の脳内で減退した糖代謝を改善する働きがあるからで、パーキンソン病を含む神経変性疾患の治療にも使える可能性がある。
アルツハイマー病は進行性の脳疾患で、いわゆる認知症の代表的なもの。アメリカだけで約580万の患者がいるとされる。思考や記憶、言語をつかさどる脳の部位が損なわれ、記憶障害や認知機能の低下をもたらす。
現段階で完全な治癒は望めないが、ある種のタンパク質が脳細胞の内部または周辺に異常に蓄積することが原因の1つとされる。また患者の脳内で糖(グルコース)の代謝能力が落ちていることも知られている。
上掲の論文を指導した米スタンフォード大学医学校の神経学者であるカトリン・アンドレアソンによれば、医療現場では糖代謝のレベルを見て「アルツハイマー病の診断を下すこともある」と言う。
糖代謝は糖分をエネルギーに変換する化学的なプロセスだが、効果的に行われないと脳のエネルギーが不足し、思考や記憶に障害が生じる。
アンドレアソンらが注目したのはIDO1と呼ばれる酵素だ。いくつかの神経変性疾患の患者の脳内では、これが通常よりも多く検出される。IDO1は免疫系の制御に重要な役割を果たしていると考えられるが、糖代謝を乱す可能性も指摘されている。
そこで研究チームは、マウスの脳内をアルツハイマー病と似た状態にした上でIDO1阻害薬を投与する実験を行った。すると脳内の糖代謝が正常に戻り、認知機能も改善したという。
「糖代謝の乱れ」に注目
アンドレアソンは実験の結果について、「糖代謝の改善が神経細胞の健康を維持するだけでなく、行動の回復にも有効だったことに驚いた」と語る。「マウスにIDO1阻害薬を投与すると、認知力や記憶力のテストで実際に成績が向上した」
IDO1阻害薬は従来、悪性腫瘍と戦う免疫系を支援する抗癌剤として用いられてきた。しかし今回の研究で、この薬がアルツハイマー病の治療にも有効である可能性が浮上してきた。
在来のアルツハイマー病治療薬は、脳内に蓄積した特定のタンパク質を除去して症状の進行を遅らせるタイプのもので、記憶や認知能力を取り戻そうとする治療薬は現時点で存在しない。その点で「糖代謝の改善に注目した治療法は新しいアプローチだ」とアンドレアソンは言う。
アルツハイマー病以外の脳疾患にも有望
また糖代謝の乱れはアルツハイマー病以外の神経変性疾患でも確認されているため、このアプローチはアルツハイマー病以外の脳疾患にも有望と考えられる。
「IDO1阻害薬は複数の病変に有益な効果をもたらす」とアンドレアソンは指摘し、次のように述べた。「このアプローチがパーキンソン病などの神経変性疾患にも適用できるかもしれないと考えると、期待に胸が弾む」
とはいえ、研究はまだ緒に就いたばかりだ。実際の患者にIDO1阻害薬を投与する臨床試験までの道はまだまだ遠い。
鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。