私が小学校低学年の頃のこと。初夏の陽気に誘われて、父はオートバイの荷台に私を乗せ、隣町のお祭りに連れていってくれた。お寺の境内には、多くの屋台や植木、さらには見世物(みせもの)小屋まで立っていた。

帰り際、人だかりを見つけて立ち寄ると、そこではバナナのたたき売りをやっていた。初めてみる一房丸ごとのバナナと「立て板に水」の口上に、子供ながら引き込まれていった。当初の値段は徐々に下がっていき、客が手を挙げたら商売は成立。しかし、最終値までいくとすぐにカゴにしまわれてしまった。しばらく見ていると、すぐ近くで「よし、買った」と威勢のいい声。声の主は何と父だった。大物を釣り上げたような誇らしい気分で一房受け取り、喜び勇んで帰った。

待っていたのは、若い頃南方に出稼ぎに行っていた祖父。バナナには目がなかった。しかし、一口嚙(か)んでみて生のサツマ芋のような堅い食感に吐き出してしまった。祖父から、まだ若いんだと言われ、父は残念そうだった。

今やバナナは高級品ではなく、手軽に買える安価な果物。しかし、このときの経験からか、つい黒くて安い値札の完熟バナナに手を出してしまう自分がいる。


福田稔(67) 埼玉県毛呂山町

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