44年間続いた広島・呉市の名物カレー店が2年ぶりに復活した。店を再開させたのは“18歳の孫”。亡くなった祖父の店を守ろうと決意し、少ない手がかりで祖父のカレーを再現しようと奮闘する若者の姿を追った。

18歳の決断「祖父の味をもう一度」

半日以上じっくり煮込んだオリジナルカレー。呉市で人気を誇ったカレー店「ホワイトハウス」の名物である。店内には昭和の喫茶店のようなレトロな雰囲気が漂っている。

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カレーを作っているのは店長の松原満里愛(まつばら まりあ)さん。この春、高校を卒業したばかりの18歳だ。

「この場所で私の祖父も同じようにやっていたんだなと思うと、すごく懐かしいです」

幼き日の満里愛さんを肩車する創業者の祖父・英伸さん

「ホワイトハウス」がオープンしたのは1978年。満里愛さんの祖父・堀向英伸さんが開業した。“呉のシンボル”として地元で愛されてきたが、2022年に祖父は病気で他界。店をどうするか…。何度も家族で話し合う中、満里愛さんは決意を固めた。
「44年間も続けた店をなくしてしまうのはすごくもったいないし、昔からのお客さんに『またホワイトハウスが復活した』って来てもらいたいので、祖父の味をもう一度作ろうと決めました」

祖父が残した“ヒント”を頼りに

2024年9月にリニューアルオープンし、営業は木・金・土曜の週3日。ところが定休日の朝7時すぎ、店には満里愛さんの姿があった。3日間で提供する約90食分を、一人で仕込まなければならない。

祖父のカレーで最も重要なのが玉ねぎ。小さいころから作る姿は見てきた。しかし、その秘伝の味について教わったことはない。材料の切り方を一回一回変え、模索する日々が続く。

「44年間の味は絶対に出せない。ホワイトハウスのカレーは甘みが特徴で、その甘みを出すためには玉ねぎが重要です。玉ねぎの具合や食感で少しずつ味が変わってしまうことがあるので、ベテランの祖父に聞きたいです」

在りし日の祖父に聞いてみたい。そんな満里愛さんの気持ちがわかっていたかのように、祖父・英伸さんはヒントを残してくれていた。

祖父のタブレットにカレーを作る動画が保存されていたのだ。
「亡くなる前、最後に作ったカレーだと思います。玉ねぎがこれだけ溶けてドロドロになって、甘み成分が出たタイミングでリンゴを入れる。これがなかったら全然わからなかった。動画を撮っていたのは誰かに伝えたかったのかなと思います」

ただ、残されていた動画はほんの数秒で一部のみ。「たゆまぬ努力をすること」。祖父は、あえてそう教えてくれているのかもしれない。

カレーを作るたび、水の量や煮込み時間をメモ

満里愛さんはカレーを作るたびにメモを取り、研究を重ねている。炒め具合、水の量…。44年も作り続けた“祖父の勘”に近づくため、少しずつ条件を変えて試していった。

酪農家の両親とコラボで新メニューも

オリジナルカレーがようやく納得のいく仕上がりになると、今度は自分らしさも出していきたいと新メニューの開発に取りかかった。

ビーフカレーだ。使っている牛肉にこだわりがある。

新メニューには県北の三次市三良坂町の牧場で育てられたブラウンスイス牛の肉を使用。自然放牧でのびのびと育てられた牛は脂身が少なく、高たんぱく。ビタミンなどの栄養素も多く含んでいるという。

実は、この牛を育てているのは満里愛さんの両親。牧場だけでなくチーズ工房も開いた酪農家で、娘にもカレー店を通して成長してもらいたいと背中を押した。

満里愛さんの父・正典さんは「若いうちに苦労しろじゃないけれど、言われたことをやるんじゃなくて、自分で考えて物事を成し遂げるプロセスで人は成長すると思う。満里愛の手で、より濃い熟成したカレーにしてほしい」とエールを送る。

大学進学をいったん取りやめて、店の再開を決意したという満里愛さん。友人の楽しそうな姿を見て、正直うらやましいと思ったこともあったそう。葛藤を抱える中で「誰でも経験できることではないし、自分の成長に確実につながっている」と店への思いはますます強くなっていった。

客から伝わる祖父の面影

そんな思いを天国から応援してくれているかのように、「ホワイトハウス」は復活オープンから大盛況。祖父の代にはなかったビーフカレーも好評だ。1日限定20食でスタートしたが、40食以上販売する日もある。

昔ながらの客でにぎわう店内

満里愛さんの原動力となっているのは、昔から店をよく知る客たちの温かさだ。
「昔の味と変わらないよね」
「なんかうれしいです」
「この地域が元気になる。寂しかったからね」
そんな声に励まされている。

また、満里愛さんの知らない“祖父の人柄”を感じることも。4人組の客が2018年7月に呉市で起こった豪雨災害のエピソードを話してくれた。
「水害で断水になったとき、ここだけが井戸水をみんなにどうぞって。順番を待たずに4、5人が一度に水をもらえるようにして、ご自由にお取りくださいと」

当時の写真を見せてもらうと、井戸水の管に何本もホースをつなぎ、店先が給水所のようになっていた。客は「お礼がてら来ないとと思って。お孫さん、よく頑張るよね」と感心した様子だ。初めて会う客とも、祖父の存在がお互いの距離を縮めてくれる。

満里愛さんは「お客さんがこれくらい来たよとか、昔のお客さんがおいしいと言ってくれたよって祖父に伝えたいです」と話す。

天国の祖父はなんと声をかけてくれるだろうか。
「これからも頑張ってね。ホワイトハウスをよろしくねって言ってくれたらすごくうれしいです」

2年ぶりに活気が戻ってきた人気カレー店。祖父の味と店を守るため、18歳の奮闘はこれからも続く。

(テレビ新広島)

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