ILLUSTRATION BY NATALIE MATTHEWS-RAMOーSLATE

<直腸診といえば中年以降の男性にとって、癌の早期発見のために大切だと理解はしているものの、やはり「嫌なものは嫌」という検査だったが......>

かつてそれは、男の通過儀礼のようなものだった。40代になって年に1度の健康診断を受けに行くと、ゴム手袋をはめるパチッという音が何の前触れもなく聞こえてくる。振り返ると医師が指に潤滑剤を塗っていて、前かがみになるよう指示される。そしてあっという間に後ろの穴に指が突っ込まれる──。

直腸診は長きにわたり、前立腺癌のスクリーニング検査、つまり健康診断などの際に無症状の人に対して行う検査の主流だった。前立腺癌は皮膚癌を除くと男性で最もよく見られる癌で、アメリカでは年に約3万人が命を落とす。


検査の大切さはほとんどの男性が分かっている。父親やおじや友人がこの病気に罹患した人も少なくないだろう。それでも、年に1回会うか会わないかという相手に、そんなところを調べられるのはちょっときつい。

直腸診に関する話は男であれば若いうちから何度も聞かされる。ロッカールームや検査室におけるジョークのネタにもなってきた。映画『フレッチ/殺人方程式』では、健康診断を受けるふりをして情報収集をしようとする主人公に、医師が有無を言わせず直腸診を行う場面がある。

『フレッチ/殺人方程式』のシーン

スクリーニング検査の手法としての直腸診は絶滅寸前

だが今年の健康診断では、50歳近い私が以前から世話になっている主治医が直腸診の準備をする気配はなかった。私が少々言いよどみながら直腸診の話を振ると、彼女は代わりに血液検査をやることにしたと話してくれた。血液検査は精度100%ではないものの、癌ではないのに疑いがあると判定される「偽陽性」が出る可能性は少ないと言う。

私の主治医だけではなかった。血液検査の有用性に関する研究がいくつも出たおかげで、スクリーニング検査の手法としての直腸診は絶滅寸前らしいのだ(血液検査で要精密検査となった際の検査としてはよく使われている)。


「精度の高い血液検査が出てくるまでは、直腸診以外に前立腺癌のスクリーニング検査の方法はなかった」と語るのは、ロサンゼルスにあるシーダーズ・サイナイ医療センターの泌尿器腫瘍医、アダム・ワイナーだ。

直腸診では医師が患者の直腸に指を入れ、前立腺の周囲を後ろから押す。「小さい結節ができていないか、つまり周囲よりも固くて膨らんでいる場所がないか探すんだ」と、ワイナーは言う。

ワイナーによれば、医学生にとって直腸診を学ぶ日は「特別な日」だそうだ。患者役を演じる俳優相手に練習するのだが、検査の手技だけでなく、患者への言葉がけや検査をしやすい体勢を取らせる方法も学ぶと言う。

根っこには同性愛嫌悪があると考えられる

医師たちに言わせれば、長年やってきていることだから、直腸診は別に面倒でも気持ち悪くもない。それなのに「患者からは『こんな検査までしなければならないなんて大変ですね』とよく言われる」と、ロサンゼルスの医師ダニエル・ストーンは言う。そんなときは「耳や口の中を見るのと同じですよ」と答えるそうだ。

医師に対して冗談めかした同情を示すのは、男たちの不安の裏返しだ。ジョークで不安を和らげようとする患者も少なくない。「3人に1人くらいは『これが一番楽しみなんですよ』と言う」と、ストーンは語る。「ほぼ定番だ」


女性が産婦人科で受ける内診と比べたら大したことはないのに、直腸診は多くの男性から「男の沽券に関わる事態」として扱われてきた。私自身、年上の親族たちからそんなふうに聞かされてきたし、同性愛への軽い嫌悪感を交えて語られることも多かった。

どうも直腸診に対する不安の根っこには、自分でははっきりと意識していないような同性愛への嫌悪や恐怖感があるように思う。指を入れられて感じてしまったらどうしよう?というわけだ。

だが、直腸診が嫌なのは同性愛者だって同じだ。「ゲイの男性のほうが直腸診に抵抗がないとか、喜ぶなんてことはない」と、ストーンは言う。「ばかげた伝説だ。直腸診が好きな人なんていない」

直腸診を行うことで医師への信頼感向上も

血液検査が完璧だというわけではない。偽陽性の問題もあり、前立腺癌の血液スクリーニング検査によって得られる利益は、過剰診断(治療しなくても余命に関係のない癌まで見つけてしまうこと)のリスクを上回るのかと近年、激しい議論にもなった。

米予防医療対策委員会は現在、55〜70歳の男性は前立腺癌の検査を受けるべきかどうかについて、まずは主治医と話し合ってほしいという立場を取っている。そして検査を受ける場合は直腸診ではなく血液検査が推奨されている。私が取材した医師たちも、知り合いの一般開業医で最初の検査に直腸診を用いる人はほとんどいないと口をそろえる。


とはいえ、直腸診が完全に絶滅したわけではない。私の主治医のクリニックでも、若い頃に直腸診で前立腺癌を見つけたことがあり、今も続けている医師がいるという。

かなり以前から血液検査を採用してきたストーンでさえ、50歳以上の男性に対しては今も健康診断の一環として直腸診を行っている。「私は昔かたぎの医者なんだ」と、彼は言う。「これをやっておけば完璧だという気がする」

嫌がられることの多い直腸診をあえてやることで、逆に患者からの信頼感向上につながる効果もあるのだそうだ。

一方で、ストーンの主治医は健康診断の際に直腸診は行わないという。だからといって「『あれ? 直腸診は?』なんて自分から言ったりはしない」そうだが。

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